FC2ブログ

平和への思い、日本への思い

今日は久しぶりに真面目なことを書いてみたいと思う。

昨日晩飯を食べるときちょろっとテレビをつけてみたら、「そのとき歴史が動いた」がやっていたので思わず観てしまった。「重光葵」だった。

重光葵って誰?ってか何?ってやつは即ググってください。日本人の常識として知っといてほしいと思う。少なくとも学生なら。有名どころでは

文章名:1.(条約集)/1.降伏文書
JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B02033037000、第二次世界大戦中ニ於ケル米英蘇ソノ他連合国首脳者会談関係一件(カイロ、ヤルタ、ポツダム会談等) 第一巻(外務省外交史料館)
http://www.jacar.go.jp/index.html

これは知ってるだろ・・・。
ってか久しぶりにアジ歴行ったら史料がかなり増えてた。びっくり。

まぁそんな「重光葵」の国連加盟に関するお話だった。重光葵に関してはそんなに深く勉強したことがなかったが卒論の関係で降伏文章調印に関することは知っていた。しかしA級戦犯になったということ以降のことはまったく知らなかった。
国連加盟に関して尽力したという事実を知ったのが昨日だった(日ごろ、いかに勉強してないかが露呈してしまった・・・)。
こうやって国際的地位の確立に尽力し、この上なく日本を愛していた故人の偉大さを改めて痛感した45分間だった。

重光葵の国連加盟演説はWeb上に全文公開されている。平和への思いと日本への思いが収束している演説だと思う。ぜひ、一読してみてほしい。

外務省Webサイト
トップページ>報道・広報>演説>
国際連合第十一総会における重光外務大臣の演説
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/18/esm_1218.html
スポンサーサイト



テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

2007-11-23 : 歴史認識 : コメント : 2 : トラックバック : 0
Pagetop

東京で一番疲れるところ&歴史における価値観の変容

 どんよりとした息苦しい空気。ピッという電子音が鳴り響く空間。世話しなく動く人の気配。東京で一番疲れるのは、企業の説明会でも満員電車でも人がごった返す休日の新宿でもない。ネットカフェだ。ここに、俺は何日泊まったんだろう…我ながらあほだと思う…
 明日は休日。寝るぞおぉぉぉぉぉ!!!!(資料整理、履歴書作成も忘れずに☆)





-歴史における価値観の変容-
 1900年代初頭、初めて満洲に渡った日本人はそこにいる現地民が水溜りで洗濯をしている風景を見て、衝撃を受けたという。詳しくは以下の文献を。

塚瀬 進 『満洲の日本人』 吉川弘文館 2004

 過去には現代とは異なる考え方、価値観が存在していました。それは「時代の精神(spirit of an age)」、「時代精神(zeitgest)」、「文化意識(cultural con-sciousness)」など、様々な名称がありますが、現在ではアナール学派が提唱した「心性(mentalite)」(これ、多分フランス語でちょっと綴りが違います。正確には最後のeの上に´がつくんですが、出し方がわかりません…)という名称が一般化しています。その時代の社会性、経済状況、政治状況などを読み解くためにこの「心性」という概念が生まれました。
 文献を読んでいるとカルチャーショックならぬ、時代ショックのようなものを、よく受けます。現在では考えられない状況がそこには存在していたりします。それは時間軸という横の軸と同時に空間軸という縦の軸も存在しています。上記した満洲の例もしかるものでしょう。水溜りで洗濯物、当時は洗濯機なんてないでしょうから手でゴシゴシ洗っていたんでしょう。これも、現代から見れば考えられないことですよね。
 ただし、「心性」は画一的なものではありません。当時、一億総玉砕と言われた反面、一部では戦争反対という主張もあったわけです。(迫害されてましたが)一言、「心性」といってもそれは多様でその時代だけ特有なものを探し出すことは至極困難です。
 当時の社会を知る手がかりとして、ちりばめられている「心性」を探し出すことは歴史学のひとつの手法ですね。


 …ん?主張がないぞ?まぁ、これは歴史学の入門書からとってきたものなんで、これで勘弁!!

テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

2007-03-10 : 歴史認識 : コメント : 0 : トラックバック : 0
Pagetop

池袋西口公園に行ってみた&記憶の連鎖

 石田衣良原作、『池袋ウェストゲートパーク』で有名な池袋西口公園に行ってみた。午前の説明会が一時間近く延長し午後の説明会に行けなくなり(午後の説明会は13:00からだった。このときすでに13:10・・・一応欠席する旨の電話は説明会開始直前にかけた。しかし、この企業とは一生関わることないんだろう・・・。計画性のない自分を呪った・・・)、少しへこんだ。それを癒すためにも公園で少し休んでから帰ろうか・・・と思い至っての決断だった。そばにはバス停があり、高層ビルが立ち並ぶJR池袋駅のまん前に公園なんて本当にあるのだろうかと半信半疑になりつつ、そばにあった地図を見る。こっちが駅、こっちがバス停、こっちが立教大学、ここは・・・公園!?広場じゃねぇか!!!!俺の思い描いた公園はどこに!?芝生とかジャングルジムとか砂場とかじゃねぇのか!!!!と、こんなところでもカルチャーショックを受けた。そこが、池袋西口公園だった。
 とはいうものの、その空間にはゆったりとした空気が流れていた。目の前には噴水があり、なんとなく気分が和らぐ。設置されているステージの上では高校生らしき男女6人がダンスの練習に精を出していていた。そういえば高校卒業してもう4年かと、22年の短い人生しか歩んでいない自分にはあまりにも大きな時間だったあの激動の日々を一瞬だけ思い出した。毎日山手線に乗って徐々に駅名なんかも覚えたりして、満員電車にも慣れてきていろいろな情報に惑わされて疲れて。その空間は初めて上京して右も左もわからない田舎者一人を、一瞬ながら和ませた。確かに自分にはどう見ても広場にしか見えない。しかし、田舎の寂れて何もない公園とはちょっと違う、一つの公園の形がそこにはあった。よし、来週の面接に向けて、企業研究だ!!来週のは絶対、次に進もう!!!!




-記憶の連鎖-

 記憶と聞くと、個人が持っている固有の情報であると思いがちになる。しかし、歴史学的な記憶はそうではなく、大きく分けて二つに分類される。個人の記憶と、集団の記憶である。
 前者は一般的に言う個人の記憶である。例えば数年前、自転車で転んで怪我をした。これは個人の記憶だ。そしてスティグマという形で転んだときの傷跡が残る。具体的な例はなんでもいい。昔は成績がよかった。この場合スティグマとは言わないかもしれないが、成績表もその証拠として残る。(あるいは現在成績がよくないのだったら、それはスティグマかもしれないが・・・)このように個人特有の経験などにより個人の記憶は形成される。
 では後者の集団の記憶はどうか。これは政治的な要因など、外的要因によってなんらかの集団の中に形成されるものである。学生時代、夏目漱石や芥川竜之介などの巨匠が書いた文学を誰しも教科書などで読んだだろう。その集団はその物語のあらすじ、登場人物、作者についてなどあらゆる情報を共有し、記憶している。このようにある集団で共有している記憶があるという事実を忘れがちになっていないだろうか。(あるいは、新発見だっただろうか?)
 集団の記憶にもスティグマはある。特に近現代史においてはよく見かける。(生産されることが多い)例えば日中戦争で日本人は多くの人々を殺した。だから日本は悪だ。逆にそんな昔の話なんか関係ない。という二つの論調がある。(大幅に噛み砕いたが・・・)日中戦争という歴史的な事実があり、それは揺るがしようもない。しかしそれは脳裏から離れることがなく、大半の場合、記憶化されていないだろうか。このような論調はが生まれている時点で、それは記憶化されている節がある。本来歴史には、そのような現代におけるなんらかの認識を付け加えないのが鉄則である。(もしそれを歴史だと言い張るのだったら、自分はその方を歴史家だとは思わないのかもしれない。歴史家は、ただ過去に語りかけその像を現在映し出すという使命のみを担っていて、それに現在におけるなんらかの認識を加えるようなことはしないものであると自分は信じている。それに現在におけるなんらかの認識を加えようとするものは、集団の記憶の生産者であろう。これについては後述する)
 集団の記憶が形成されるには同じ情報を共有しなければならない。ある集団に情報を共有させるためにはその記憶の生産者が必要になる。政府なり個人なり。
 個人の記憶と集団の記憶の最大の共通点はどちらも変質するということではないだろうか。変質の要因は時間、認識、衝撃的な出来事など、様々である。
 その最大の差異は個人の記憶は個人が生産者であるのに対し、集団の記憶は生産者が対外にあるということではないだろうか。
 なにはともあれ、個人が歴史を構築するとき(歴史だけに限ったことではないが)、常に自分の周りには集団の記憶も存在するということを留意すべきであろう。


最近、長い更新ばっかだなぁ・・・果たしてこれは生産的なんだろうか・・・

テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

2007-03-03 : 歴史認識 : コメント : 4 : トラックバック : 0
Pagetop

地獄の二週間、二日目にして…&ブローデルについて

 昨日早朝、東京新宿に着き、説明会を受け今日は二日目なのだが…。東京のネットカフェ狭い…大阪のネットカフェの方が広いぞ!!疲れた…いや、東京にいることはさほど苦しくはない。むしろ面白い。物はいっぱいあるし、電車にも乗れたし(そういえば日本で電車に乗ったの久しぶりだ…汽車にはけっこう乗ってるけど…)。説明会&選考も緊張感があっていい。こうやって色々回っている中のひとつに一年後にはいるんだ…と思うと自然と身も引き締まる。ではなにが疲れるか。それは駅!!その周辺!!!!すごく迷う!!とりあえず今日の出来事を概観していきたい。

AM10:00新宿ネットカフェ出発
↓(ここで一時間くらい迷う…)
PM12:30恵比寿駅周辺の会場に到着

PM14:00某コンサルティング会社説明会スタート

PM16:30説明会終了

PM17:00新宿駅に到着
↓(予約していたはずのカプセルホテルと荷物を入れていたコインロッカーを探し回ってさまよい続ける…)
PM18:30すべてを終わらせて夕ご飯にありつく…疲れた…

PM19:00ネットカフェ到着。メールチェックをしつつ現在に至る…

…迷いすぎじゃ!!
明日は二社回る…1時間半で二社目まで行かないといけない…しかも二社目は選考も付いてる…やばい!!最悪、人事の人に連絡を!!と思ったけど携帯の充電が切れる…(激汗)明日までにどっかで充電しないと!!!!!!!!!!!死ぬ!!!!!!!!!
カプセルホテルとネットカフェ。どっちが安いんだろうか…なんとか3/7まで耐えてオリンピックセンターに………


-フェルナン・ブローデルについて-
 就活と同時に勉強のほうも忘れてはいけない…ということで本は常に持ち歩いている。今日は説明会の前に会場の前のソファで読んでいたら「何読んでるの~?」と企業の人に聞かれた。表紙を見せて「史学専攻なんです」と答えると、「時間は大切だもんねぇ~」と言われた。これは好印象なのだろうか…?よくわからんがとりあえず、電車の中とかでも読むようにはしている。ちなみに史料は持ってきてはいるんですけど読めません…すみません…
 最近は「なんで歴史学なんや?」という指導教官の教えに答えるため歴史学の入門書をいまさらながら読んでいる…(汗)正直すごくぬるい…。初心に戻りすぎた感がある。しかし、そういえば自分はE.H.カーしか読んでない…確かに自分は歴史学理論については無知であったと思い直して読み進めている。

福井憲彦 『歴史学入門 岩波テキストブックスα』 岩波書店 2006

↑これね。現在、半分くらい読み進めたが書いてあることはほとんどE.H.カーの『歴史とは何か』に書かれているような気がする。現在のところ収穫は一つ、「フェルナン・ブローデルとアナール学派」について知れたことである。
 ブローデルについては名前だけは知っていた。大学生としては知っておいてほしい学者の一人だ。アナール学派にしても史学専攻の人なら知っておくべきである。現代の社会史の原点を作ったフランスの学派だ。アナール学派の主張は以下の三点である。

1、過去の人々が作り上げた多様な、しかし比較可能な諸社会の枠の中に時間的に位置づけた上で、彼らの様々な活動と創造を対象に研究しようという試み
2、隣接する様々な学問領域との協力関係を積極的に気づいていこうという試み
3、個別の研究を常に社会全体の歴史的な脈絡の中に位置づけて捉え、絶えず次の問いへ向かって開かれた姿勢をつり続けるという認識態度の形成の試み

現代にまで生きている史学方法論の一つだろう。
そのアナール学派の筆頭だったのがブローデルであった。彼の理論がI.ウォーラーステインらの世界システム論に大きな影響を与えたと思われる。(この辺は確証はない。ただ、理論的には類似しているしウォーラーステインとブローデルは共著も出している。師弟関係だったと記憶している。他にもフランクの従属論などにも影響したのではないだろうか)
ブローデルの主張は歴史の長期的な時間を認識すべきだというものであった。ブローデルは歴史的な時間の流れを三段階に分けて説明している。

長期的な時間の流れ:個人はもとより、その社会にとっても計り知れない長期的な時間の流れ。
中期的な時間の流れ:個人の一生ではなく、社会的な変動を指す中期的な時間の流れ。社会制度の改革、経済体制の変容、日常における個々人の共通感覚の変容などがあげられる。
短期的な時間の流れ:個別、短期的な時間の流れ。政治的決定や事件、出来事などがあげられる。

この三段階である。ブローデルはこの中でも中長期的な時間の流れの重要性を説き、学問の細分化、地の断片化を警告した。
この指摘は確かに画期的なものだったが、現代では長期的な時間の流れを重視したら歴史の理解の一面化につながる、この時間の定義は相対的なものであって、絶対的な年数の定義にはつながらないなどの批判がある。
 ブローデルへの批判は的確なものであるが、では現在の私たちは彼の理論に何を学べばいいだろうか。一つに山室信一の言う連鎖視点と関連させて考えると次のビジョンが見えてくるように思える。連鎖視点に関してはこちらを参照。

「連鎖視点」形成のススメ
http://truthandliberating.blog22.fc2.com/blog-entry-223.html

私たちが歴史を観察する場合、それは必ずといっていいほどブローデルが定義した歴史の時間の流れの中にあるものである。例えば現在、自分が研究している満洲という地域がなぜ日本で意識されるようになったかというと、中期的に見れば日本の帝国主義化と対外的な権益拡大政策があったからである。そして長期的に見れば明治維新から現代まで続く時間の連鎖である。ちなみに長期的な波は明治維新から日本敗戦までをあるとも思ったが、私はそれが現代まで大きく影響している時間の流れであると考え直し、長期的な波を今日まで続いていると定義した。日本の敗戦、GHQの政策などにより日本の方針は大きく変わったものの、明治維新からの連鎖の中で敗戦で完全に時間の流れが途切れたとは思えないからである。それは自分がネット上にアップしているレポートなども参考にしていただきたい。私が現在研究している分野も現在にまで大きく影響しているものであるから明治以降をここでは長期的な波と定義した。
短期的な時間の流れを歴史的に観察する場合、なぜその地点なのかという問いが生まれてくることはもっともである。私たちはその問いに答えられるよう研究を進めていかなければならない。その問いに答える一つのヒントが中長期的時間の流れの中に存在しているのである。


……長くなってしまった。とりあえず今日の就活は終了☆あとは寝るだけなので帰って寝ます。明日の筆記、頑張るぞ!!

テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

2007-02-28 : 歴史認識 : コメント : 3 : トラックバック : 0
Pagetop

「連鎖視点」形成のススメ

 …学園祭が終わって、現実です…鬼か!?




 歴史認識を行う際、「連鎖視点」が自分の中でどのように構築されているかを客観的に観察することが必須となってきます。その流動性の中に様々な思いが隠れているのが歴史だからです。流動性の中に隠れている思いを感じることが私たちの歴史認識になってきます。
 「連鎖視点」とは、「あらゆる事象を、歴史的総体とのつながりの中でとらえ、逆にそれによって部分的で瑣末と思われる事象が構造的全体をどの様に構成し規定していったのか、を考えるための方法的な視座」と山室信一京都大学教授は定義しています。あらゆる歴史的事実には流動性が存在します。それがどのように構築されているかということは「連鎖視点」に基づいて構築されているといえるでしょう。
 
 例えば、「満洲国は日本の傀儡国家であった」と定義してしまい、満洲国の周辺の史実しか追わず、それに定義されているとします。専門的な話をすれば、満洲国の日本の傀儡性は否定できません。しかし、その建国過程、建国されてからの存在意義を見てみると、様々なファクターのもとに建国が可能となった満洲国の中には、国家の思いというより個人の思いのほうが強いと考えることが出来るのではないでしょうか。
 1900年以前より満洲への移民が開始されます。そこでは個人の権益を最大限に拡大させた日本人の商人の姿がありました。さらに、そうやって個人の権益を最大限拡大させている日本人の権益を奪っていった中国人商人。朝鮮民族やロシア人などがいたのです。
 この日本人の権益の最大化が満洲国建国だったといえるのではないでしょうか?

 この、歴史の流動性を認識することが「連鎖視点」です。
 まず、確認してください。あなたは教科書、ネット、他人の話などのメディアである程度の「連鎖視点」を既に持っています。それを客観的に理解することが歴史へアプローチする第一歩です。
 それを理解したうえで、今から自分が取り込んでいくメディアはどのような「連鎖視点」のもとに創られているのか、考えてみてください。

テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

2006-10-18 : 歴史認識 : コメント : 0 : トラックバック : 0
Pagetop

友好関係構築の第一歩  ~寧夏に行って学んだこと~

1、始めに

 そういやこのブログ、昨日で一周年でした。2005年9月2日から始まったんで今日で一歳の誕生日を迎えたわけです。みなさんありがとうございます。速いものでhit数も一年で13000Hitを越えました。皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。
 当初、私の勉強したことを更新しまくっていたにも関わらず、最近では方向性も大きく変わってきました。日記だったりつれづれしてたり。それもただ机上の空論のようにづらづらと中途半端な知識ばかり並べていても仕方ないと思うようになったからです。これからも頑張って更新します。皆さんも暇でしたらお付き合いください。これからもよろしくお願いします。
------------------------------------
 さてさて、この前寧夏に行ってきたんですよ。おととい帰って来ました。
 寧夏は中国のちょうど真ん中ら辺に位置する中国の省です。詳しくはこちらを。当にいろいろなことに感動し、いろいろなことを考えさせられました。その一部を公開させていただきます。

2、砂漠に立ってみて

 今回の旅行は島根県が企画した「交流の翼 中国プログラム」に便乗したものでした。旅行と言っても単なる旅行ではありません。もちろん観光地もうろうろしましたがそれだけでなく日本島根、中国、寧夏回族自治区政府、韓国慶尚北道の三カ国人が一堂に会して交流を行いというプランでした。もちろん共通語はEnglish!!!!無理じゃ~!!!!といっても皆下手だったんで頑張って"body language"で潜り抜けましたよ。
 今回は竹島の日条例が制定されてから初の慶尚北道政府と島根県政府の交流が行われました。2005年3月16日以来一年5ヶ月ぶりとなる交流です。大変意義のあるものでした。残念ながらまだ島根県、慶尚北道の距離は離れていると言わざるを得ませんがこのような交流の機会を通して両政府がすこしずつ近づいていければと思います。
 文化交流も積極的に行われ、参加者は皆本当に打ち解けていました。私たち一個人にとってもいい交流になったと思います。
 砂漠もよかったですね☆写真アップしときますね。

3、歴史の差異

 今回、参加して痛感したのはやはり歴史でした。交流プログラムなので政治的、歴史的な話はご法度だったのですが、話していたところは話していたようです。私自身は意見交換という意味で歴史や政治の話をするのは大変意義のある交流であると思っています。しかし、一方的に「日本は侵略国だ」、「日本人は嫌いだ」と罵倒された交流員もいました。これでは今回の交流の意義と異なっています。歴史、政治的なことを話すためには相手と冷静に向かい合う必要があるでしょう。
 さて、某担当指導教官に「日中韓で共通の歴史認識ができることなどない」と言われ、歴史を学ぶ意義を失ったHiroshiでした。なんのために学ぶのか、その意味を考えて歴史を勉強していました。確かに昔のことやっても意味ないと言われれば、歴史家はなにも言えなくなるかもしれませんね。
 しかし、歴史はお互いを理解するためには非常に重要なファクターです。認識の差異は埋めれないかもしれませんが、それらを理解することはできます。この認識の差異から生まれてくる障害も少なくないはず。今回のような交流プログラムを通じて少しずつお互いを理解するために、歴史の話、政治の話をするべきなのでしょうね。

4、歴史認識に関して

 では、歴史認識とはなんでしょうか。私自身は歴史認識とは「歴史を勉強して思ったこと」なのではないかと考えています。つまり至極感情的で、至極主観的なものです。さらにこれら認識は個人の環境(教科書、教師、国策、人間関係etc...)によって大きく左右されます。個人間の歴史認識にも大きな差異があると考えることはできないでしょうか?
 個々人の認識もこれだけ大きく違うのに、国家間の歴史認識を統一することなどできるでしょうか。少なくとも互いに対立しあっている現代では確実に無理でしょう。歴史に関する対立はひとまず置いておいて、今は外交戦略上の交渉を国家間で行うべきではないでしょうか。
 つまり、国家は歴史認識はしません。もちろん政府も。では、歴史認識は一体誰がするのでしょうか。歴史家ですか?いつぞや小泉首相が「歴史認識に関しては歴史家に任せる」という発言をしましたが、これはおかしいです。歴史家はそんな感情的な研究はしません。歴史家はただ、事実を提示するだけです。
 歴史家が提示したそれらの事実に対して、判断するのはあなたです。それが歴史認識となります。小泉首相の靖国参拝ですら、彼の歴史認識によるものです。では、あなたは靖国神社参拝に賛成ですか?反対ですか?この答えが歴史認識。諸個人によって大きく異なっていますね。だから統一は無理なのではないでしょうか。
 歴史は諸個人、つまり誰もが考えていかなければいけない命題です。そして自分を知り、相手を知るための道具です。そうやってお互いに話し合っていくことが、友好関係構築の第一歩なのではないでしょうか。


20060902153354.jpg

20060902153341.jpg



 砂漠と韓国の出し物発表。チマチョゴリがきれいだった。砂漠広っ!熱っ!!
まぁ楽しかったです。

テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

2006-09-02 : 歴史認識 : コメント : 0 : トラックバック : 0
Pagetop

靖国についての私見

 また参られましたね、小泉首相。すさまじい討論が巻き起こっています。

小泉首相が靖国神社参拝 終戦記念日は初
Sankei Web
中華人民共和国外交部声明  小泉日本首相靖国神社またも参拝したことに強く抗議
人民網日文版--トップページ

日中関係史を専門に歴史を勉強しているHiroshiですが靖国の歴史に関してはまったくの無知です。いかんですね。一つ言えることですが、

「歴史認識に関しては歴史家に任せる」

というような小泉首相の発言は少しおかしいように感じます。歴史家はそんなことはしません。"認識"という主観が入った研究は歴史家の本文ではなく、客観的な事実のみを探求するのが歴史家の仕事であると私は考えています。(まだまだ未熟ですが…)認識についてまる投げするつもりはないですが、現在の世論を見てもわかるように認識は政治的手法(プロパガンダ、教育etc...)によって左右されるところが大きいです。靖国参拝に関しても現在、「参拝してよかった」と言う世論が51.5%。増えましたね。

次期首相の参拝44%反対 靖国で世論調査
共同通信社

 このように現在行われている靖国参拝はむしろプロパガンダとして大きく機能しているようです。それに順ずるようにメディアが報道するので日本国内では様々な議論が沸き起こっていますね。このプロパガンダは政治の右傾化にも大きくつながっているように感じます。

 的知識がないのでここでは靖国云々の歴史的考察はできません。力不足です。しかし、ここで政策論として私の私見を提示することができます。政策は

1、所得再分配
2、資源配分
3、経済安定化

の三つの機能を持っています。例えば経済政策や金融政策、外交政策などもこれらの機能を持っています。(公定歩合調査、ゼロ金利政策、諸外国との外交交渉etc...)
 では、靖国参拝はこれらの機能を果たしているといえるでしょうか。どこで所得が再分配されており、資源が分配されており、経済が安定化しているでしょうか?客観的な数値を出すことは至極難しいのですが、していませんね。
 つまり私の私見はこうです。

「靖国参拝に政策的な効果はない」

ここでは「日本国民としての誇り」などに順ずる感情的な意見は一切入っていないものとします。感情をコントロールしても国益は生まれません。

 ぜひ、このような政策論的な立場に立って靖国参拝をもう一度考察していただきたく思います。そしてその意味とは何か、効果とは何か、考えてみてはいかがですか?

テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

2006-08-17 : 歴史認識 : コメント : 0 : トラックバック : 0
Pagetop
ホーム  次のページ »

プロフィール

Hiroshi

Author:Hiroshi
-MENU-


初めまして、こんつは。
Hiroshiと申します。
どうぞよろしくお願い致します。
私生活を脈絡なく綴る
日記ブログです。

○登山・・・鳥取県大山中心に
・まだまだ初心者です。
・米子クライマーズクラブに所属。


○バイク・・・たまにツーリング
・愛車:CBR250R 2013年式
・バイク歴は7年くらい

○カメラ始めました:
・愛機:Pentax K-70

○キャンプ・・・
・最近は登山&キャンプ、
ツーリング&キャンプの合わせ技が多い

島根県在住

月別アーカイブ

ランキング

以上のランキングに登録しております。

にほんブログ村 アウトドアブログ 登山へ
にほんブログ村

ブログ内検索

PHOTOHITO

PHOTOHITOブログパーツ

アクセスカウンター


現在の閲覧者数: