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盧溝橋の一発は誰が撃ったか

 盧溝橋事件は60年前、日中戦争(当時支那事変)勃発の契機となった事件です。これは有名な「盧溝橋の一発」、つまり先制攻撃の一発は日本側が撃ったのか中国側が撃ったのか、という問題で現在もなお研究中の問題です。よく、「盧溝橋の一発」は中国側の一発であったという論がネットワーク上で一般化されつつありますが、それには大きな語弊があります。 
 盧溝橋事件は1937年7月7日北京郊外の盧溝橋で夜間演習をしていた日本軍が、なにものかから銃撃を加えられたことで始まった日中両軍の軍事衝突のことです。この銃撃が誰のものかでその真相はいまだはっきりしていません。一説によると7月7日夜10時40分前後、竜王廟(昼間中国軍が駐屯していたと思われる場所)付近から2発の銃撃を受けたとされます。しかし、もう一説は3発の銃撃を受け、その後清水節郎大尉の集合号令、そして両説ともにその後始めの銃撃とは別の方角から数十発の銃撃を受けています。
 ここでの不明瞭な点は何発打ち込まれたのかというものだけではありません。銃撃はここで突然やんでいます。なぜでしょう。
 ここで一人の二等兵、志村菊次郎が登場人物としてあげられます。彼は始めの銃撃の少し前、伝令として中隊を離れています。そして銃撃後、中隊に合流しました。彼はどこに行っていたのでしょうか。
 ここまででわかっていることは、銃撃したのは今の時点では日本軍側でも、中国軍側でも、ましてや志村菊次郎でもない、ということです。銃撃したのは個人、もしくは小隊"A"でしかありません。
 まず、始めの数発の銃撃が加えられ、その後清水節郎大尉の集合号令がかかります。この集合にどれほどの時間がかかったかというのが問題1です。この中隊は135人で編成された部隊でした。この集合にかかった時間の長さが"A"が始めの発砲地点から次の発砲地点へ移動できた時間になります。もしくは、"A"のほかに個人、もしくは小隊"B"の存在があり、"B"が始めから次の発砲地点で待機していたのでしょうか。こうなると、少し策略という感じがしますね。
 さらに、集合後、数十発の銃撃を受けています。この銃撃を受けた時間はどれくらいだったでしょうか。数分ならわかりますが、数十秒なら当時の武装でそんな短い時間で数十発の連射は不可能です。前者なら分かりませんが、後者なら個人"A"、もしくは"B"が犯人であるという概念は消えます。
 また、ここで発砲は突然止まっています。なぜ、二度も発砲しておいてここでぴたりと止まっているのでしょうか。 
 もう一歩踏み込んでみましょう。当時、日本側も中国側も日中戦争の拡大を望んではいませんでした。泥沼化した戦争中、日本は対米関係の改善を図らなければなりませんでしたし(アメリカから経済封鎖を受けていました)、当時は中国からの軍の撤退論が主流でした。また、中国国民党側は中国共産党などの国内問題の混乱を収拾しなければいけませんでした。この一発は両国にとって本当はあってはならなかったのです。では、一体誰の意図だったのでしょうか。
 もちろん、ここでは誤射という概念を無視しています。実は、これが一番有力なのかもしれません。さらにそれが日本、中国どちらの誤射だったとしても(策略かもしれませんが)、それを口実に日本は中国を侵略した、これは消すことのできない事実です。

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テーマ : 中国問題
ジャンル : 政治・経済

2005-11-30 : 歴史研究 ~北東アジアの追及~ : コメント : 6 : トラックバック : 0
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戦争状態の日常

 人は、他者を敵として認識した場合、彼を殺せる唯一の生物です。例えば犬は犬を殺すでしょうか?猫は猫を、ライオンはライオンを殺すでしょうか?何らかの事故でそのようなこともあるかもしれませんが、それはないでしょう。犬が犬を殺す、聞いたこともありません。では人は人を殺せるでしょうか。人は殺せます。よく考えると、怖いですね。同じ生物が、個人単位ではなんの理由もないのに同じ生物を殺します。(例外もあります。あるクモの母親は自らの身体に卵を産みつけ、卵から孵ったクモはまず初めに自分の母親を食べます。これは生存という本能に基づくものです。) 
 政治思想上の国家論はこのようなおそろしい側面を持っています。「戦争は権力維持のための合理的手段」とツキディデスは言っています。そこに国家の意思を垣間見ることはできません。ゆえに、依然書いたように国家は個人を裏切るのです。
 これは様々な場面でいえることです。現在、財政改革が言われるようになってきて、近いうちに行われるでしょう。おそらく、パレート最適に基づいた改革になるはずです。パレート最適とは「そのときの資源および技術的知識を与えられたものとするかぎり、社会の他の成員の経済的状況をいっそう不利にすることなしにはもはやどう成員の経済的状況をもそれ以上に有利にする余地が残されていないような資源配分の状態」ということです。・・・長いですね。つまり誰かは自らの効用を拡大させることになり、誰かは縮小されてしまうということです。ちなみに財政の3機能は資源分配の調整、所得の再配分、経済安定化の三つです。このように誰かは国家に裏切られ、誰かは祝福されます。
 常に世界は不安定ですし、国家もその不安定を改善しようと躍起になっています。そんな国家に振り回されている私たち個人の生活は自然状態では完全に戦争の最中にあるわけです。

平和状態は、"創設"されなければならない。
        -カント 『永久平和のために』 より抜粋-

 どのような社会がもっとも平和なのか、私たちは考えていく必要があるのではないでしょうか。

テーマ : 雑記
ジャンル : 政治・経済

2005-11-29 : 小話 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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無限なる世界

「権力とは、或る社会的関係の内部で抵抗を排してまで自己の意思を貫徹するすべての可能性を意味し、その可能性が何に基づくかは問うところではない」
    ‐マックス・ウェーバー 『社会学の根本概念』より抜粋‐

 僕はよく思う。世界は、虚無だ。あらゆる事象が意味をなしていない。例えば投票率の低下(誰が政治家になろうと関係ないじゃないか!!)、少子高齢化(別に年寄りが多くて子供が少なくてもどうでもいい!!)、僕の睡眠時間(別に寝なくてもなんとか生きれる)。全てに価値がない。そんな無意味な世界に僕は生きてる。
 おそらく何らかの重圧があるんだと思う。首相の行為だとか、店に貼られている値札だとか、明日の宿題だとか。そんな重圧があるから僕は自由じゃないし、そんな世界に絶望している。よく言われることだけど、明日死のうと、年老いてから死のうと、たいした違いがあるわけじゃない。これは決して崩れることのない、不朽の心理。
 鈴の音が聴こえる。クリスマス?いや、まだちょっと早い。それは彼女を示す声だった。彼女のバックについている鈴の音を僕は毎日聴いた。
 別にどうということはない。ただの同級生だ。ボンクラばかりの高校の、なんともいえない僕が、一人の彼女に魅入られた。それだけ。
 でも僕は彼女のことが気になった。名前だけじゃなく、生年月日や血液型やなんで鈴をつけてるの?だとか、そんなこと。
 僕は目覚めた。今を生きてる。そして想う。世界を変えたい。虚無の世界が僕の中で崩れ落ちて、走り出したいような、飛び出したいような、そんな気分。意味がないことなんて決してない。彼女は僕の目の前にいるじゃないか。だったら。
 ある日、彼女と話をした。別にどうということはない、どうでもいい普通の会話。でも僕は舞い上がった。世界はなんてちっぽけなんだ。メアドを聞いてもうどうでもいいと思った。扉は開かれた。さぁ前へ進もう。そこに新しい世界が、僕を待ってる。

「願望は思考の父である」
      ‐E.H.カー  『危機の二十年』より抜粋‐




 恋愛的な要素はまったく意味がありません。ただなんとなくわかりやすいかなぁと思って取り入れました。世界は無意味なんかじゃありません。私たちが想うことで180度変わります。私が言いたいのはそれだけです。

テーマ : 雑記
ジャンル : 政治・経済

2005-11-28 : 短編 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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日本ODAの基礎知識

 国際協力銀 ODA庁構想再び 官邸主導に外務省危機感
 11月26日(土)付けの産経新聞にODA庁に関する記事が記載されていました。ここで日本のODAに関して言及。
その援助がODAとなりえる定義は以下の三つです。

1、政府ないし政府の実施機関によって供与されるものであること
2、発展途上国の経済開発や福祉の向上に寄与することを主たる目的としていること
3、資金協力については、その供給条件が開発途上国にとって思い負担にならないようになっており、グラント・エレメントが25%以下であること

こんな感じです。グラント・エレメントに関しては後述します。
 ODAには様々な枠組みがあります。二カ国間のもの(日本と中国、日本とタイなど)、国際機関に対する出資・拠出などです。二カ国間の場合、ODAは贈与と直接借款の二つに分かれます。現在、日本のODA資金受入額上位3カ国は中国、インドネシア、タイでほとんど借款で受け取っています。
 日本のODAは財政難のため2000年から縮小してきており、2004年には総額88億9900万ドルで世界2位。(1位はアメリカ)しかし、その28,5%は借款です。(2000年調べ)借款とは、"貸す"、ことです。贈る、あげる、というものではありません。他国のODA給与国の贈与割合はアメリカ99.0%、イギリス95.0%、フランス87,8%、日本49,5%。国際社会の場においてODAは贈与であるべきだという論が主流の中で、日本だけは唯一金貸しをしています。ちなみに、中国からのODA償還額が2004年度は858億7500万円で、初めて給与額を上回りました。これからどんどん中国の返済は拡大していくでしょう。
 ここでグランド・エレメントについて解説しておきます。グランド・エレメントとは一言でいうと"贈与相当部分" のことになります。つまり"融資の優遇度を示す指標"で、贈与の場合にはその指標が100%、民間金融機関と同じ融資条件の場合、0%ということになります。なんか長ったらしいですね。つまり、『利子』です。借款のODAには利子がつきます。つまり日本の28.5%のODAには利子つきで返済しなければならないわけで、その義務をODA資金受入国(これは主に中国、タイなどのアジア諸国ですが)は背負っているんですね。ちなみに利子率を表すグランド・エレメント、アメリカ99,6%(つまりアメリカのODAの借款部分に0,4%の利子がつくということです。しかしアメリカは99%贈与しています)、イギリス100,0%(イギリスは利子無しです!!つまり100%贈与です)、フランス95,6%(もう説明はいいでしょう)、日本86,6%(日本のODA総額約90億ドルのうち、28,5%の約25億ドルに13,4%、約3億ドルの利子がつきます!!)。・・・なんともいえませんね。
 なぜこのように利子付き貸付が多いか、これには「財源の制約」と「小さな政府による援助」という二つの要因があるのですが、「自助努力の重視」に関してはここでは言及しません。「財源の制約」とは何か、これはつまり「利子の利子」が発生するということです。日本のODAの財源は一般会計55.8%、特別会計0.01%、財政投融資34.9%、出資国債0.08%です。この財源のうち34.9%を占めている財政投融資は郵便貯金や年金などの有償資金。つまりこれが「利子の利子」を生み出す原因となっています。これが日本のODAの28,5%を借款にせざるを得なかった理由になります。
 これが日本のODAの基礎知識です。いつまでODA出してるんだ!!と主張する方がおられますが、それは逆に外交戦略上あまりいいことではありません。少なくとも、借款している以上は利子付きで償還されるわけですし、国内の経済にもかなりの効果があるということができます。

テーマ : 時事
ジャンル : 政治・経済

2005-11-27 : 外交・安全保障 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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・・・時間

 時間は至極大事です。時間がないと予定も組めませんし、遊ぶこともできません。レポートも書けませんし、心理的な重圧感も持つことになります。おかしいです。なにか私の社会情勢が常に外圧により圧迫されています。おかしな話です。
 ちなみにさっきバイトが入りました。なぜ?今日は休みだったはず。久しぶりにゆっくり本でも読もうかとか思ったのに・・・
 そういえば、ここ二週間くらい平均睡眠時間が3,4時間くらいです。おかしな話です。レポートが終わりません。死にそうです。
 世界はいつも、私には冷たいのでしょう。だから私たちは常に、強く生きていくしかありません。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

2005-11-25 : 書くことがない時用 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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UFJの大学知的財産への信託

 先日、三菱UFJが大学の知財に初の信託を行いました。これは・・・まだ学生の自分としてはわくわくされるものがあります。
 知的財産が保護する主な権利は
・特許権
・実用新案権
・意匠権
・商標権
・著作権
などです。おお、これはすごい。頑張れ日本の大学生!!気合でアイディアを捻出しましょう!!

テーマ : 時事
ジャンル : 政治・経済

2005-11-24 : 小話 : コメント : 3 : トラックバック : 0
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僕という個人、国という概念

平和状態は、"創設"されなければならない。
        -カント 『永久平和のために』 より抜粋-


 よく、国を怨む。僕を虐げ、裏切り、平然とした顔をしている国はどこまでも残酷である。彼女は底なしの強欲で、いつでも無理難題を僕につきつける。 
 不思議なのは、僕は国を怨めない。虐げられ、裏切られ、迫害され、例え僕が殺されることがあろうとも、それでも、僕は国を想う。




 国家は、個人にとっては残酷なものでしかありません。たとえ個人を虐げたとしても、国家は国益を追及します。
 それでも、個人は国家を想っています。あまりにも悲しい恋だということをおそらく大抵の人間が知りません。国を愛すがゆえに、ひとはたまに、人を裏切ります。

テーマ : 雑記
ジャンル : 政治・経済

2005-11-22 : 小話 : コメント : 11 : トラックバック : 0
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今、『満月の夜、モビイ・ディックが』を読んでます

 今、『満月の夜、モビイ・ディックが』を読んでます。片山恭一の作品です。『世界の中心で愛を叫ぶ』と言ったら分かると思います。
 セカチューは読んでいたのでどんなもんかなぁと思って読んでみると予想とぜんぜん違った感じでした。セカチューみたいな純粋な恋愛小説ではなく、もっと人間味帯びてる感じで・・・書き方がかなり攻撃的になってるように感じたんで独特な感じを受けます。
 まだ読みかけなんでこれからサクサク読んでいきますよ~時間がほしいなぁ・・・(涙)

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

2005-11-21 : 書くことがない時用 : コメント : 3 : トラックバック : 0
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APECの中の北東アジア

 APECが波乱を見せています。北朝鮮問題、鳥インフルエンザ問題など、外的要因は山のようにあるのですが、それだけでなくAPEC内で外交的抗争が行われているようです。なかでは「APEC不要論」まででてくる始末・・・話がなかなか丸く収まりません。
 相変わらずですが、日中韓の三国はやはり対立しています。小泉首相も「私は日中韓友好論者だ」と言っておきながら「中長期的に見れば靖国参拝は理解してもらえる」と靖国問題を正当化しています。これには様々なメディアからの批判も大きいようです。
 なぜ、北東アジア(この場合、北朝鮮、ロシア東部なども含む)がここまで対立しているか、その特殊性をあげると、
① この地域がかつて支配と従属という関係にあったということ
② この地域の構成主体に国家と国家の一部地域が混在しているということ
③ 朝鮮半島分断がもたらしている著しい不安定性 
④ この地域の経済格差が大きいこと       
⑤ この地域に多様な経済システムが存在していること 
⑥ この地域において文化が多様であるということ  

などがあげられます。
 ①、②、③、④、⑤は特に説明する必要がないでしょう。歴史や地図や経済指標をみれば一目瞭然なはずです。問題は⑥です。日本人はよく「同じアジア圏だから」と安直に考えてしまいがちです。しかし、実はそうではありません。例えば儒教。中国では文化大革命により儒教はほぼ消滅状態ですし、韓国に関してはそもそも儒教の性質が日本と違います(けっこう日本より厳しいような気がします)。
 これらのことはもう少し一般認識されてもいいように思います。その上で、現在の北東アジアについて考えていくべきです。

テーマ : 外交
ジャンル : 政治・経済

2005-11-20 : 外交・安全保障 : コメント : 3 : トラックバック : 0
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たばこ税増税とマナーの問題

 17日与党の税制改革でたばこ税の引き上げ論が浮上しました。
 ・・・まぁしょうがないですよね。消費税引き上げ論が言われる中酒税、たばこ税は上げないなんて、そんなのないですよね。・・・肩身が狭い世の中になってきたように思います。
 喫煙についての世論は近年徐々に激化してきています。私も少し前に喫煙について書きました。よく言われることは「喫煙者はマナーが悪い!!」ということです。これは私も客観的に自分を評価できないんですけど、少なくとも私は常に携帯灰皿は持ってます。しかし、歩きたばこをしている人、ポイ捨てする人、いろいろいますね。
 まず喫煙者、禁煙者が同じ環境で生活するためにはこれらのマナーは最低限必要なのではないでしょうか。その上で、両極にあたるこの二つの論をどこで「折衷」させるかを考えていくべきです。

テーマ : タバコ増税
ジャンル : 政治・経済

2005-11-18 : 日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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歴史認識の必要性

 11月16日の中韓首脳会議で歴史認識の共同研究が提案されました。これは確かに根本的な問題として取り組むべきです。なかには靖国批判もあったそうですがそれはここではひとまず置いておこうと思います。
 日本の60年前の戦争は極めて複雑です。そこのあたりで混乱してしまうこともよくあります。それはあの太平洋戦争、日中戦争、大東亜戦争が「防衛」と「侵略」という相反する性格を持っていたからです。様々な歴史認識を統括して(関係諸外国の歴史認識も含めて)あの戦争を分析することは日本、中国、韓国、アメリカ、東アジアなど、近隣諸国との関係改善の第一歩となるのではないでしょうか。

テーマ : 外交
ジャンル : 政治・経済

2005-11-17 : 歴史認識 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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曖昧な隣人

   ~はじめに~
 求めて答え、答えて求め、そして時に、己を傷つけ・・・


 昔、一風変わった友人がいた。友人と言ってしまうと少し変なのかもしれない。特に仲がよいわけではなく、それでいて悪いというわけでもなく、学校では席が近かったということもあって話はよくしたけれど、それ以上の関係を持ったわけでもなくて。ようするにそんな友人だった。
 彼の名前は、よく覚えていない。ただ、どうしても忘れられないのが「かっこ」という彼のあだ名だ。「かっこ」は()のことである。彼はいつも誰かの後ろをついて歩いていて決して一人でいることがなかった。そんなわけで、いつもなにかのふろくをしているところから彼は「かっこ」とあだ名されたのだ。本人、そんなに気にしている風でもなかった。
 そうやって誰かの後ろをついて回っている人間は普通、人にあまり快く思われない。しかし、かっこは不思議とよくもてた。それは女子からというわけではなく、男女両方からちやほやされていた。ただおかしなことに、男子にかまわれているときは女子に嫌われていて、女子にもてているときは男子に邪険にあつかわれていた。
 かっこはそんな子だった。
 ある日、学校で未来について考えてみようという授業があった。周りの男女たちは各々が将来の夢やなりたい職業なんかを話し合っていて、最後に先生は「あなたたちの将来が楽しみですね」と、言ってしめくくった。
 隣にいたかっこはその言葉を聴いて、少しだけ笑い聞き取りにくい声でそっとつぶやいた。
「変なこと言うよね。未来なんてのはやっぱり過去の連続でしかないわけだし、本当は皆、過去に縛られて生きるしかないのにね・・・」
雲のような、蜘蛛のような一言だった。
 かっこと会わなくなってもうずいぶん経った。かっこはどこか遠いところへ行ってしまい、その記憶ももうかすみがかっている。それでもかっこのことを忘れられない。おそらく、永遠に。





 これは「歴史」に関する私見です。あくまで私見です。
 少し前に歴史を忘れてはならないというようなことを書きました。これ、忘れてはならないんでしょうか?忘れられないんでしょうか?歴史は極めて曖昧で、それでいて誰もが意識しています。なぜでしょう?そんな感じのことです。私にもわかりません。ただ、そのままではいけないんでしょう。そんなふうに私は思います。

テーマ : 雑記
ジャンル : 政治・経済

2005-11-16 : 短編 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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詭弁と事実と

 「ヒトラー例えに靖国批判 中国外相、訪問先の韓国で」
参照: http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/yasukuni/?1132048106
    yahoo!ニュース 国内トピックス 靖国神社参拝問題

↑こんな記事がyahoo!ニュースにありました。う~ん、何にも言えませんね・・・。 先日書いたように、日本が行った行為は忘れてはいけません。それを考えた上で、外交上生産性のある行為を小泉首相に期待します。

テーマ : 靖国参拝
ジャンル : 政治・経済

2005-11-15 : 小話 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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眠い・・・

 ・・・眠いです。極限までに眠いです。昨日(今朝)寝たのが6時でした。そして8時から授業でした。そんなの聞いてる場合じゃなかったです。うん、眠い。これ書くのもかなりだるい。お休み、また会う日まで!!

テーマ : 日記
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2005-11-15 : 書くことがない時用 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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混沌の暴力   ~満州国終焉期に見る矛盾~

    ~始めに~
 歴史を忘れず、世界の平和を切に願う。

 今回はグロテスクな内容を含み、それも参考にしたうえで戦争の複雑化した構造を読み取っていきます。苦手な方は読まない方がいいかもしれません。
 
 
 
   ~終焉を論じる前に~
 語弊があるといけないので始めに定義しておきます。「満州国は確実に日本の植民地、もしくは属国」でした。これはいくら弁明しても(資料が乏しい、中国側の主張である、など)否定することはできないように思います。満州国内での労働者の差別(日給平均賃金は日本人と中国人では5倍近い差がありました)、教育(言語統制、奴隷化、など)、虐殺などです。特に虐殺に関しては満州国建国から終焉の14年間の間で記録に残されているだけで100件を越えるものがあります。もちろん、中国人が日本軍に攻撃を加えた報復として行ったものもあります。撫順平頂山虐殺事件、依蘭土竜山地区虐殺事件など様々な虐殺事件が残されています。その中で極めて残酷な虐殺の仕方があります。
① 銃剣で突き殺す
② 生き埋め
③ 氷の洞穴に詰め込んで溺死させる
④ 軍用犬に噛み付かせる
⑤ 焼死させる、あるいは火で炙って死なせる
⑥ 浣腸
⑦ 電気製粉機で轢き殺す
⑧ 蚊に刺させて死なせる
⑨ 釘を植え込んだ木箱にぶち込んで転がして殺す
⑩ 冷凍する
⑪ 毒殺する
⑫ 心臓を抉り出す
などです。
 しかし、裏側を見ると中国本土から満州国内へ人口が流入している部分もあります。国民党、共産党、さらには日本軍の戦争状態にある混乱した中国国内よりは満州国の方が豊かであると認識した中国人の満州への流入です。また、日本への軍事特需的なものもあり、満州国は経済力があったという事実もあります。
 それでは、本題である満州国終焉期を見ていきたいと思います。
 
   ~満州国終焉からソ連の進出について~
1945年 8月8日 ソ連、対日宣戦布告
    8月9日 ソ連極東軍、「満州国」に対し進撃開始
    8月未明 ソ連軍の作戦に呼応し、中国共産党東北委員会は長春、藩陽などに進駐
    8月未明 ソ連、満州を制圧、駐屯
    8月14日 日本、無条件降伏
     同  国民党南京政府、ソビエト連邦と「中ソ友好同盟条約」を結託(公布8月26日)
    8月15日 中国共産党、下記覚えにて米、英、ソへ「解放区及び被占領区について中国共産党等の同意を得ず結ばれた協定に対し、中国共産党は発言権を保留とする」と伝達
    8月19日 ソ連軍、長春到達
     同  東北地方暫時治安維持委員会設立
    8月27日 国民党中央軍北上開始
    8月未明 中国共産党、東北地方に後退
    8月30日 重慶交渉開始
    9月2日 日本、降伏文章に調印

 と、この辺でやめておきます。
 注目すべきなのはまず、1945年8月8日のソ連対日宣戦布告。これは有名な話ですが、このときまだ日ソは日ソ中立条約において1946年4月13日までは中立が約束されていました。それをソ連側は破棄したといえます。さらに、このとき、満州に駐屯していた日本軍(関東軍)の主力は中国人でした。このときの満州の軍部はもはや設立当初ほどの強い力は持っていませんでした。
 8月14日、「中ソ友好同盟条約」において国民党は東北部主権を合法的に確保しています。
 8月15日の中国共産党の覚書にて、中国共産党側は「中ソ友好同盟条約」を認めないとする立場を示しています。
 8月27日の北上する国民党中央軍の主力は残っていた日本軍でした。このとき、国民党側は「三光」政策の最高責任者にこれを依頼しています。
 *三光政策について少し説明しておきます。これは中国側の呼称で日本軍が行った残虐な政策、「殺し尽くし」、「焼き尽くし」、「奪い尽くす」という虐殺行為です。(ここでは規模は問題ではありません)なぜ、このような政策を行ったかというと満州国の「安定・発展」を保つためでした。しかし、中国共産党(八路軍)と民衆との結びつきをさらに深めたため、この政策は失敗に終わっています。


   ~これらをふまえた上で~
 なんか脈絡がないですね。そう、脈絡がないんです。それがこの第二次世界大戦、大東亜戦争、太平洋戦争です。かたや、ソ連が敵となり、中立となり、それが破棄される(ノモンハン事件から中立条約、そして破棄)。かたや、ABCD包囲網によるアメリカの経済制裁から日本の東南アジア進出。かたや今回の満州。その問題は多岐に渡ります。まずこれらを認識した上で、現在の歴史を考えなければいけません。これが混沌とした暴力であり、米、中、ソ、日など、一国単位でこれらを俯瞰することは不可能です。

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テーマ : 戦争・原爆
ジャンル : 政治・経済

2005-11-14 : 歴史研究 ~北東アジアの追及~ : コメント : 0 : トラックバック : 0
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現代の世界輸出状況

























現代の世界輸出状況 (単位:100万ドル) (2004)

輸出先

輸出元
総額アメリカ日本EU25中国東アジア韓国
アメリカ816,38554,400172,880 40,747142,94426,333
日本565,487128,60689,296 73,917292,32944,247
EU253,703,240292,93453,774 2,487,94059,771171,02222,145
中国593,232125,25573,514 107,265180,81027,818
東アジア1,794,238318,800 184,020275,755236,169 724,43158,446
韓国253,13543,02721,701 37,89749,76398,792

                        
* 東アジアは、アジアNIES(韓国、台湾、香港、シンガポール)、ASEAN4(マレーシア、タイ、フィリピン、インドネシア)、中国
                                       

この表からそれぞれの国・地域の輸出状況を分析していきたいと思います。

・ アメリカ
 この表から見るアメリカの一番の輸出先はEU25です。しかし、東アジアに日本を足すと一番の輸出先は日本を含めた東アジアになります。
・ 日本
 この表から見ると一番の輸出先の地域は東アジアで、国で見るとアメリカです。しかし、近年アメリカ輸出のシェアは年々減少傾向にあり、代わりに中国、韓国、台湾、香港、タイなどの東アジア諸国が上昇傾向にあります。
 特に中国は2000年から2004年の間に2倍以上にまで増加しています。
・ EU25
 この表を見る限り、EUはほとんどの輸出をEU内で行っています。これは経済モデルとしてのEUはかなり完成度の高いものと考えることができるのではないでしょうか。ある意味で、EUでは一種の鎖国体制のようなものが出来上がっていると分析することもできます。
・ 中国
 中国の一番の輸出先は日本ではありません。「政冷経熱」という単語は日本に都合のよい文句であるということがよくわかる統計データです。しかしながら東アジアに日本を足した数値は中国の輸出額の半分近くを占めます。
・ 東アジア
 東アジアもEUと同様、かなりの輸出を東アジア内で行っています。ただ、EUと異なっているところをあげると東アジアは東アジア内だけでなく、アメリカ、日本、EUなど、様々な国・地域へ輸出しているということです。
・ 韓国
 韓国の主な輸出相手は東アジアです。さらにその東アジアの中でも中国はそのシェアのおよそ半分を占めています。続いてアメリカが来ており、日本はそのアメリカの半分程度しかありません。

参考資料
ジェトロ - 日本貿易振興機構   世界統計マトリクス 2004  を基に作成
http://www.jetro.go.jp/biz/world/international/stats/

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テーマ : 国際問題
ジャンル : 政治・経済

2005-11-11 : 現在経済状況 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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もう一つの戦後  ~日米間における不条理~

 少し前まで騒がれていた日韓、日中問題がここのところ少し収まってきて、最近は在日米軍の再編問題が紙面をにぎわせています。私たちは何気なくそれらのメディアを観ていますが、そこには北東アジアとはまた別の、もう一つの戦後の姿があるのです。
 まず、米軍7000人の移転は決まりました。しかし主力部隊は日本に残るそうです。これは日米の軍事が一体化しているということがいえます。確かに、安全保障の面を考えれば日米軍事の一体化というものは間逃れないでしょう。しかし、これは日本国憲法が否定している「集団的自衛権」につながりかねません。事実、現在の日米関係を「個別的自衛権」として扱うことができるでしょうか。新日米安全保障条約第3条、及び第6条の極東条項において極東(この極東という定義も至極曖昧で、どこまでなのか具体的には規定できていません)の有事の際には武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を維持し発展させることが両国の義務となっています。これは明らかに軍事的活動を示唆するものであり、今回の米軍再編によりこの問題はさらに顕著なものとなったといえるでしょう。
 さらに、米軍のグアム移転費用、グアムでの施設建設費を日本側が負担するということが政府間で合意されました。その額は数千億円にのぼる見込みだそうです。なぜこれらの費用を日本側が負担しなければならないのでしょう。新日米安保条約をはじめ、全ての条約でこのような規定はなかったはずです。日本政府はこれを強引に理屈付けし、合法的に規定しようとしています。ここまでくればもはやアメリカの横暴にしか見えません。
 これはあくまで中間報告のようですがアメリカ側はこの方針を変更する意思はないようです。なぜこのようなことが許されるのか。様々な言い分はあるにしろ、これは「日本が戦争に負けたから」の一言で片付けてしまうことができます。メディアは中国や韓国には熱くなり、戦後60年経つのになぜここまで謝り続けなければいけないんだ、と過剰に反応します。しかし、忘れないでください。今日の日米関係もまた、ひとつの戦後の姿なのです。

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テーマ : 日本自衛隊関連
ジャンル : 政治・経済

2005-11-09 : 外交・安全保障 : コメント : 3 : トラックバック : 0
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パソコンから22歳へ

 最近、パソコンがすこぶる重いです。なんかもうミニ四駆のごとく肉ぬきとかして軽くしたいです。(もちろんそんなことでは軽くなりません)どうして軽くならないのでしょうか。
 ミニ四駆で思い出しました。最近買い物に行ったとき、ふとミニ四駆が目に留まりました。
・・・三輪でした。



俺も年かぁ~・・・


 このとき「四駆じゃなく三駆じゃねぇかぁ!?」とか、「こんな丸っこいミニ四駆なんか改造してられるかぁ!!」なんて逆ギレしている余地は私にはありませんでした。三輪だということ、丸っこいフォームだということ。その一つ一つが私にはあまりにも衝撃的でした。
 もう「なんでミニ四駆にAIがつんであるの?」だとか、「なんであのクソ速いミニ四駆にダッシュでついていけるの?」だとか、「なんでミニ四駆が空を飛ぶの?」だとかいった疑問すら感じられない年になってしまったんですね。うん、年です。
 年、あまり意識していませんでしたがこうやって書くと少し切実になります。もう国民年金とかも払ってるんですね。(私はまだ学生なので保留にしてますが)でも大学進学率が100%になったら20歳から国民年金払う人も少なくなるんだろうなぁ。じゃあ必然的に22歳とかから払うような制度ができるんだろうなぁ。22歳。もうすぐかなぁ・・・実感ないなぁ・・・
 脈絡なくてごめんなさい。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

2005-11-08 : 日記 : コメント : 3 : トラックバック : 0
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平和な日曜

ああ、と思います。もし、明日起きてそこに雨が降っていたら、それは平和の象徴のように感じます。
 うん、と思います。もし、明日起きてそこが眩しかったら、それは生きる希望のように感じます。
 毎日はそんなふうに幸福で新鮮で愛おしいものだったら、それは私たちが生きている世界なんでしょう。

テーマ : つぶやき
ジャンル : 小説・文学

2005-11-07 : 書くことがない時用 : コメント : 7 : トラックバック : 0
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自由の乖離

 幸せを届けたいと、誰かは思った。(この場合、相手は規定できない)だから花を愛でた。そして花屋になりたいと思い、その階段の長さを少しずつ理解する。それでも階段を上り始めるか、諦めてしまうか、二者択一の世界で、時間だけは確実に過ぎていく。あまりにも残酷に。あまりにも愛おしく。



 時間は確実に有限です。暇さえあれば、そして例え暇でなくとも、時間は流れてます。焦ります。焦り不安に駆られます。それでも流れを止めることはなんひとたりともできず、人はしばしば、時間を呪います。本当の時間の価値など、本当は誰もわかっていないのかもしれません。

テーマ : 雑記
ジャンル : 政治・経済

2005-11-04 : 小話 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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しがらみの乖離

 個人となりえない人が国を、世界を、人を動かしている。それは果たして正しい世界か。もし違うというのなら、人は、機械にならなければならない。
 人が機械になったものが国を、世界を、人を動かすとする。それは果たして正しい世界か。もし違ういうなら、人は、人にならなければならない。
 人はだれしも個人ではないし、機械のふりをするものともなりえない。矛盾しているようで、それが人の住んでいる世界。



 私たちは、様々な事象に対し客観的でしょうか。例えば、竹島問題だとか日中関係だとか日米安保関係だとか、私たちはそれらに対し主体と客体(つまり、日本と韓国。日本と中国。日本とアメリカ)とを完全に分離して考えることができるでしょうか。個人の公的な支出(消費税だとか年金だとか)と国の利益(租税の全て)を分離して考えられるでしょうか。
 これは至極難しいことです。ゆえに追求しなければならない事実です。

テーマ : 雑記
ジャンル : 政治・経済

2005-11-02 : 小話 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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真実の乖離

 人は必ずしも、補完されているわけではない。過去は己を脚色し、それでも美しく魅せようと闊歩してみせる。
 未来は必ずしも、確定しているわけではない。ゆえに人は憧れ焦がれ、あがいてみせる。
 本当のところ、歴史はそんなものでしかない。そんなものの連続でしかない。そこに自分がいることなど当人にとってはただの虚構でしかなく、人はしばしば、その真実を忘れる。



 人は皆、当事者であるということを忘れようと努力しているように思えます。内政、外交、社会。先日書いた"Smoke Free"。今日の晩御飯。その全ての原因を他者に帰属させて、ある一方では責任転嫁をしています。よくありませんか?私はいつもそうなのかもしれません。
 だから考えなければいけないのだと思います。様々な問題を抱えている現状を打破するにはまず、考えるしかないのです。
 一つ、私にも分かっていることがあります。個人を完全なる他者として昇華することは不可能です。なぜなら今私たちが生きている社会は、全てと隔離することを不可能としているからです。私は買い物が好きで、よくスーパーだとかコンビニだとかドラッグストアなんかに行きます。(特に目的はないのですが・・・)でも、少し考えてみてください。そこは、市場ですよ。
 自分の知らないところで世界は確実に動いています。少なくとも、私は自分が市場の中に組み込まれているという事実を否定できません。だから世界はすごく残酷で、冷淡で、ときとして私に至福のときを与えてくれます。至極、矛盾していますよね。でも楽しいだとかうれしいだとか、そんなことを感じる瞬間は私にだってありますよ。
 忘れないでください。人はまだ、虚構の中にいます。だからこそ真実はいついかなるときでも、個人とは乖離しています。

テーマ : 思うこと
ジャンル : 小説・文学

2005-11-01 : 小話 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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プロフィール

Hiroshi

Author:Hiroshi
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初めまして、こんつは。
Hiroshiと申します。
どうぞよろしくお願い致します。
私生活を脈絡なく綴る
日記ブログです。

○登山・・・鳥取県大山中心に
・まだまだ初心者です。
・米子クライマーズクラブに所属。


○バイク・・・たまにツーリング
・愛車:CBR250R 2013年式
・バイク歴は7年くらい

○カメラ始めました:
・愛機:Pentax K-70

○キャンプ・・・
・最近は登山&キャンプ、
ツーリング&キャンプの合わせ技が多い

島根県在住

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