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ほんとにネタがなかったので・・・三国志ネタ

 三国志占いをしました。結果・・・

諸葛瑾!!


 ・・・まにぃですなぁ。諸葛亮の兄貴で呉、蜀の外交に力を注いだ人物ですなぁ。(諸葛瑾は呉の外交官ですので・・・)

 ここで中国について。中国が中国と認識されるようになったのは20世紀、中華民国が成立してからです。多くの方が三国志=中国と思われがちですが、このころは特に国家の定義は不安定でした。その後晋、隋、唐、元、明、清など、中国大陸を統一、もしくは部分的に統一した国はありますが、それでも中国という概念はまだ生まれてきません。その頃は国単位で例えば魏、呉、蜀と外部のものは認識していました。(他にも明とか清とか)
 それが1912年、袁世凱が中華民国成立を宣言しています。これが中国という概念の作っています。袁世凱は清朝の国土を"一つの中国"と呼び中華民国の国土と定義しました。これが中国という概念を生み出します。中国といった場合、とっさに台湾、モンゴル、チベットの含まった中国という地域を連想されるのではないでしょうか。それが中国です。
 この中華民国成立に対し、当時の日本の学界は至極激怒します。当時は日本の介入によりかなり国力を低下させていた中華民国が自らを「世界の中心の華やかな民の国」と称したのです。そこで日本の学界は英語のChinaからとって中華民国を"支那"("しな"と読みます)と称するようになります。これを見てもわかるように、日本の学界の感情により単純に英語のChinaのローマ字読みではなく、侮蔑の感情が含まっていることがわかるでしょう。支那は客観性を無視した蔑称です。当時の中国研究はかなり衰退したものだったのではないかということが推移できます。
 
 ちなみに三国志クイズもやりました。上級で7~8点。冠位は「宗正」、九卿のひとつらしい。・・・あまりに難しすぎます(涙)お暇ならやってみては。↓

三国志クイズ
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2006-02-27 : 小話 : コメント : 2 : トラックバック : 0
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書く事がなかったので・・・

 ネタがないのでとりあえず普通の日記を書いてみたりします。
 ただいま実家で休養中。私の実家は全国で一位二位を争うほどの田舎なので(マジな話で)ゆっくり休憩ができてよかったりします。夜とか暗すぎて逆に怖かったりしますけど(苦笑)まぁ大学にいるとなにかと激流に飲み込まれてるんで(なぜだ・・・自分でもわからん)とにかく実家はうれしいです。なにかと一人でいられます。(友達とは遊びますけど)一人でいられる時間とゆっくりした時間ってのは絶対確保した方がいいと思います。(人間は考える葦です)
 実家の生活、数年前までは毎日のようにそこにいたはずなのに、今帰って生活してみると何かと不便だったりします。そんなことはないですか?例えば愛用の歯ブラシだとかコップだとか箸だとかがないとか、生活習慣が合わないとか、なにかと几帳面すぎる、もしくはだらだらしすぎているとか。もはや実家の生活自体が今の一人暮らし生活とかけ離れている方も多いと思います。私なんか部屋がなくなって物置になってます(汗)なぜ?
 実家を出てわずか2年足らずなのにも関わらず、ここまで変わってしまった自分に驚かされます。友人や学校やその他社会的環境によりそうなったんでしょう。人の力は恐ろしいものがあります。時に自分の倫理だとか習慣などを完全に変えてしまうほどの衝撃を人からうけることもあります。それにより実家にいたときに培った古い習慣のようなものがどんどん落とされていき、どんどん新しい何かが私の身の回りに増えてきました。その良し悪しは置いておいて。おそらく何かをなくし、その代わりにわけのわからない何かを生み出してなくした場所に付け足しているのかもしれません。なくしてしまった何かがなんなのか、今となっては知る由もありません。
 みなさんは実家住まいですか、一人暮らしですか?実家、どうですか?一人暮らし、どうですか?

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2006-02-26 : 小話 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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日中貿易額からみる日中関係の展望

 日中貿易額が7年連続で過去最高額を更新しています。しかしグラフを見ていただければわかりますが実質1990年からのび続けておりマイナスに転移なるのは1998年だけです。1998年は1997年に起こったアジア通貨危機のあおりを受けてマイナスなったと考えるのが一般的です。さらに一時期政府が貿易を引き締めたことがあるためとも考えられるでしょう。それ以外は順調に日中貿易が成長していっているということがわかるグラフなのではないでしょうか。クリックしてでかくしてくださいね。
20060225182557.jpg

ジェトロ - 日本貿易振興機構
http://www.jetro.go.jp/news/releases/20060221412-newsをもとに作成

 大きな変化は輸入出の伸び率が近年下がってきているということです。今年は3年ぶりに輸入の伸び率が前年度を下回りました。輸出に関してもここ二年、少しずつではありますが拡大のペースがダウンしています。
 とはいうものの日中貿易が拡大を続けているというのは事実。輸入はすでにアメリカを越えて一位ですし、輸出も年々一位のアメリカに迫る勢いがあります。ちなみに今年、中国の輸出額と香港の輸出額を足すとすでにアメリカを抜きます。
 気になる方はジェトロのHPを確認してみてください。細かい指標まで載っています。
 ブロガーのほとんどの方が排他的アジア主義で少し残念です。しかし、現実は日中関係は切り離すことができないほど親密であるという事実を忘れないでください。その上で様々なところに弊害があるのも事実。例えばいつ中国バブルが破裂するのか、反日デモのときのように暴言を吐かれるのかといった不安と怒り。過去の歴史に対する困惑。私自身、自分たちはいつか中国にやられるのではないかというような一種の心理的なゼロ・サムゲームを行っているようにも感じることがあります。しかし、近隣諸国との関係がそんな陳腐である必要のないのではないでしょうか。陳腐であればあるほど日本国にとっては危険であるという事実もあります。(突発的な軍事行動を行ったり、経済的な障壁を作りやすい。現に日本領界を中国潜水艦は通っている)関係が薄いため強くものをいうことができない、言っても信頼関係がないため交渉すらできないというのが現状のように感じます。ここはまず中国と友好関係を築き、互いの意思疎通を確認したうえで様々な交渉に移る方が建設的ではないでしょうか。

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2006-02-25 : 外交・安全保障 : コメント : 2 : トラックバック : 0
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livedoorの行方3

ライブドア社長「グループ各社離脱の混乱、長く続かない」
日経新聞  2006/2/24

 livedoor。今でもよく騒がれています。最近ではメール偽装に関して自民民主で口論が続いています。このような政治の汚職追求は官僚に任せることにします。私はそこを問題とせず、従来どおりlivedoorが今後どうなるのかということに争点を絞っていきたいと思います。
 株の上場取り消しがかなり決定的となってきています。そんな中、熊谷取締役が逮捕。さらに企業評価を下げることとなりました。livedoor株が2月24日時点で81円。下がってますねぇ。ただ全体の株価には大きな影響を見せておらずlivedoorショックからも安定した状態を保っています。今日の終値は+5円81銭の16,101円91銭でした。
 仮にlivedoorが潰れるとした場合、日本経済にはどのような影響を与えるでしょう。難しいです。とにかく今後は平松新社長の経営建て直し戦略が問われるでしょう。

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2006-02-24 : 現在経済状況 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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竹島の日から2日たって

 まず始めに、

荒川選手、金おめでとうございます。

 荒川選手だけでなく村主選手、安藤選手ともにおつかれさまです。他の競技の選手の方もお疲れ様です。今回のオリンピック、まったく関心がなかったんですがあの演技はすごいなぁと知識も経験もない自分が思ってみたり。アスリートってすごいです。そんなことを思った今日この頃。

 さて、竹島の日から2日がすぎました。私の属しているFC2ブログの政治経済のところでもさんざん騒がれていましたね。この日に「嫌韓流2」という反韓漫画が出たというところも大きいかと。・・・読んだことはありませんがああいう他国批判=ナショナリズムなのでしょうか?もしくは他国が自国に行っているなんらかの弊害(それが他国にとっての国益になるから)を批判することがナショナリズムなんでしょうか?あの本のどこがナショナリズムなのか、私はいまいち理解できません。それとも単純に他国を批判したいからあのような本を読むのでしょうか?それは外交戦略上おかしいのでは。外交とは他国を批判することではありません。自国の国益を拡大させることです。そのプロセスの一部に批判という要因も必要ではありますがそれは誹謗中傷といった感情論とは乖離されたものであることをお忘れなく。(例えば日本製品ぱくるなとか。あまり言っても意味がない。外交上効果が期待できない)まぁそれはよしとして。
 現在竹島は日本の島根県と韓国の慶尚北道がその領有権を求めてお互いに対立しあっています。まず、この時点で少々おかしなところがあります。地方公共団体は外交権を持っていません。ゆえに領有権といった領土問題の解決はできません。外交権を持っているのは国家主権、つまり日本国政府と大韓民国政府です。しかし両国政府は現在のところ北朝鮮問題の処理に忙しく両国の国境問題にまで関心を向けることのできない状態にあります。
 ちなみに国際司法裁判所への提訴という意見もありますが今のところ望みは薄いです。前記したように日本韓国共に領土問題が最優先項目になっていません。国家同士の承諾がない限り、裁判は行われません。(勘違いしている人が多いようですが決して裁判で韓国が負けるから提訴しないのではありません。暇がないからです。ちなみに過去、日本側が提訴しようとしたことがありましたが韓国はそれを跳ね除けました。これは単純にそのときはまだ講和条約を結んでいない、いわば休戦状態であって終戦状態ではなかったからです。)
 島根県議会は2005年3月16日、2月22日を竹島の日とするとして竹島の日条例を発表しました。これは島根県議会の全国の竹島への関心を高めるための宣伝であると同時に官僚の行動欲求に伴うもの(これに関しては先日書きました。こちらを参照にしてください)であり、さらには地元での票稼ぎなどの癒着なのではないでしょうか。始めの二つは確実でしょうが最後の癒着という可能性も否定できないでしょう。
 さらに竹島問題、単に二国間関係で考えることができるでしょうか。アメリカとの安全保障体制との兼ね合い、海洋航路を使った物資の運搬などを考えるとあそこを通るのは日本韓国だけではないはず。あの島がどちらかの国のものになったとして確実にそのほかの問題も浮き彫りにされるでしょう。そうなってくると諸外国も黙ってはいないはずです。
 このように単純に竹島問題は二カ国間問題ではありません。もっと多角的な視野での考察が必要なのでは。その上でどのような手段がより国益を拡大させるか、考えてみるべきです。

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2006-02-24 : 外交・安全保障 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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官僚の行動欲求とレント・シーキング社会

 もうすぐ3月です。卒業生、転勤される方の送別会、もしくは新入生や新しくやってこられる方の受け入れなどなど、忙しい時期です。そしてもう一つ、最大の仕事が「決算」ですね。確定申告やら企業の決算やらなんやら、忙しい時期だと思います。
 それはともかく、この時期はやたら道路工事が多いことに皆さんは気づかれているでしょうか?道路工事だけでなくいろいろな配線の工事だとか行政の公共投資がさかんに行われるようになるのもこの時期。来年度の予算が下りなくなるため行政は予算の出費にやっきになっています。・・・なんともいえませんね。
 ということで官僚の行動欲求について書いてみたいと思います。彼らは無作為に道路工事をしているわけではありません。それらの工事が国民の、もしくは国家のためになるからと信じているから行うのです。ちなみにこのとき横領や癒着や献金といった官僚の仕事ではない仕事、公共の乱用は範疇には含みません。下の図を見てください。クリックして大きくしてくださいね。すごい適当な図で申し訳ないです。
レント・シーキング

 例えば、始め某Mドナルドのチーズバーガーが100円だったとし、このときの価格をPとしておきます。このとき個人Oは1000円持っていたので数量は10個、仮にX個買えるものだとしておきます。このとき政府は国内産業を守るためMドナルドのチーズバーガーに関税をかけ、一個120円、図のP'に価格がシフトしてしまいます。すると個人Oはお金がないため1000円では8個、X'しか買えません。このとき、消費者余剰は領域Tぶんが縮小し、Rぶん拡大したということがいえます。このRぶん、消費者に還元されるでしょうか?企業に還元されるでしょうか?いえ、この場合は関税という税金をあげているので拡大したRぶんは政府の歳入となりますね。しかし、この場合は国内産業の保護という目的を果たしているので政策としてはまだ納得いくでしょう。もちろん、消費者としてはあがったりです。ここまではおわかりいただけたでしょうか?
 例えば前記した道路工事の場合、私たちの交通をより快適にするために行われています。では、どれだけ快適になるでしょう。これはちょっとわかりませんねぇ・・・。ただし、これらの道路工事を行う過程には利益関係者も登場人物としてあげなくてはいけません。ちなみに、このときも横領だとか癒着だとか献金という公共の乱用は範疇に入れません。利益関係者は道路工事が本当に国民のためになると信じています。さらには自分たちの利益になるということも。ゆえに官僚に進言し、道路工事の資金調達を依頼します。官僚はそれが国民のためになると信じているので公費から資金を提供します。しかしその公費が赤字である場合が多いので国民は赤字分を負担しなければいけません。そして道路が出来上がります。
 これらの社会、国民の効用と官僚の効用が一致しておらず、わけのわからない政策が行われる社会のことを「レント・シーキング社会」といいます。民主主義は常にこのレント・シーキングに陥りやすいというデメリットを抱えています。そんななか、どのようにすれば全体の効用を確認できるかが今後の経済政策学の課題です。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

2006-02-22 : 現在経済状況 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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時の経過と歴史意義の変化

 例えば時計の針が少し動いたとき、それは時の経過を意味しています。太陽が沈んでいくのを見て一日の終わりを感じることもできます。これが時の経過であり、時と共に私たちは常にさらなる一歩を踏み出しているという錯覚に陥ることもしばしばです。私たちは日々生活している中でおそらく毎日何かを見たり聞いたり覚えたり感じたりしながら生きています。それゆえに毎日を成長していると思えます。それにより歴史も時の経過と比例して成長している、より改善されているというように思われがちです。例えば現在においては車や飛行機、道路などの交通の整備が進んでいます。情報技術は進化し様々な情報交換がより効率的に行われるようになって来ました。100年前まででは考えられないことですね。
 しかし、別の面、例えば環境などは退化してしまったということができるでしょう。これはまったく専門ではないのですが、例えば100年前の南極の氷と現代の氷、平均温度やオゾン層の厚さなど、100年前から成長した分野はどこでしょうか。
 さらに、前記した交通や情報技術の進化なども日本だからいえることです。外国ではどうでしょう。第二次世界大戦前後からベトナム戦争終焉までのベトナムの経済成長率を見てみましょう。ベトナム、最近になってやっと経済成長してきましたが当時は年間どれだけ成長したでしょうか。この約20年間、ベトナムはほとんど成長していなかったことがわかります。
 経済成長率だけでいえば日本でも1998年から2003年までの5年間はほとんど成長していません。この間、技術は成長してもそれが全体の経済成長率にはつながりませんでした。
c.jpg

詳しくはこちらの図を。1998年から2003年までのGDPの推移を見てください。ほぼ横ばい、もしくは下がっていることが読み取れるはずです。
 歴史とは時間の経過も含みます。しかし、それと同時に歴史はさらなる一歩を踏む出しているというわけではありません。場合によっては横ばい、もしくは退化することも十分考えられます。見方によっては武器や情報器具の進化も歴史の退化と考えられますね。進展しない六カ国協議、靖国参拝など、どこで進展しているのかわからないどころか逆に諸外国を無作為に徴発している。これも歴史の退化でしょう。
 時間は流れていきます。しかし、それは果たして歴史の進化でしょうか。もしくは退化?このような歴史意義はその瞬間瞬間で問われなければならないはずなのに、現代においては軽視されすぎです。よって無駄に時間をかけることで物事が進展すると大抵の人間は信じています。時間をかけることが進化につながる、これは錯覚だという事実をもっと受け入れるべきでしょう。

テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

2006-02-21 : 歴史認識 : コメント : 2 : トラックバック : 0
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GREEのバトンについて

 実は私、GREEというソーシャルネットワークサービスに入っておりまして・・・バトンが友人から回ってくるんですが普段まったく受け取らないようにしてたんですけど・・・なんか面白そうなので受け取ってみることにしました。外部から来られた方でわけわからん!!と思われた方はことごとく無視をm(__)m暇な方は読んでみてください。私はこんなやつです。


ふつうバトン (改訂版)

* Q1:起きてまずはじめにする事は?
 基本起きないように気をつけます。起きてしまったら顔を洗って牛乳を一気します。朝一と風呂上りは基本牛乳でしょう!!

* Q2:これだけは欠かせない、日常的な事は?
 酒、煙草。(身体によくないって言わないで・・・)あと思案。

* Q3:好きな食べ物を3つ挙げてください。
 全ての食べ物に感謝。

* Q4:嫌いな食べ物を3つ挙げてください。
 中国で食べた香草、中国で食べた砂糖入り緑茶、貝(アレルギー)
 でも感謝してるよ~!!

* Q5:最近1週間で一番嬉しかった出来事は?
 全てのレポート、授業、その他諸々のしがらみから解放されたこと

* Q6:最近1週間で悲しかった出来事は?
 全てのレポート、授業、その他諸々のしがらみから解放されたにも関わらず相も変わらず人がたくさん来て忙しいこと

* Q7:今使ってるシャンプー&リンスは?
 特に気にしていません。今使ってるのはたぶんエッセンシャル。・・・リンスなんか使ったことあったっけ?あれは意味があるんだろうか?う~ん、興味深い。

* Q8:お風呂で体を洗う時はどこから洗う?
 ・・・とりあえず胸あたり?腹あたり?手とか顔とか髪ではないことは確か!!それ以外のどこか。

* Q9:寝る前に必ずする事は?
 時計を見る。そして一瞬絶望感に打ちひしがれる。それに負けないように寝る。

* Q10:リラックス&ストレス発散にする事は?
 酒を浴びる。でもたまに人に迷惑をかけまくる。それに関しては申し訳ないm(__)m

* Q11:好きな映画を3つ挙げてください。
 「いま、会いに行きます」は久しぶりに面白かったなぁ・・・あとは「ラストサムライ」も意外と面白かったなぁ・・・他ってなんか観たので面白かったのあったかなぁ・・・

* Q12:四季で一番好きな季節は?
 寒がりな冬好きです。特にコタツが好きです。コタツにはまってうたた寝するのが好きです。

* Q13:このバトンをまわす5人
  ちゅけ、 尚巴志、 ジョニー、 帝、うっちー


 ちゅけは答えてくれるだろ~(激しく期待)
 尚巴志も答えてくれるだろ~(ネット環境ある?)
 ジョニーは・・・GREE見てる?ってか俺のブログ、できたら読んでほしいなぁと思う今日この頃。
 帝はこのバトン折るね。たぶん。それでも俺は回すよ!
 ウッチー先輩のまともな回答を期待。

テーマ : 日記
ジャンル : 政治・経済

2006-02-20 : 日記 : コメント : 3 : トラックバック : 0
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ブログから生まれる意思決定

ブログの増加が生むコンテンツ連動型広告の拡大
Yahooニュース  2006/2/16

 私自身がブログをしていてなんなんですが、ブログ、ソーシャルネットワークサービス、口コミサイトが購買力を高めるという記事を発見しました。確かに購買力は高まるでしょう。アフィリエイトだとかレビューだとか作品紹介は様々な手段でできるようになっています。しかし、これってどうでしょう?
 意思決定、それは何で行われるでしょうか。なんらかの価値概念が個人の中にあり、それに基づいて意思決定が行われますね。例えばアンパンが好きだからアンパンを買うだとか。価値概念はなんらかのきっかけがあって形成されます。例えば教育。8月15日終戦記念日。だから黙祷をしよう。終戦記念日という価値概念と黙祷という意思決定。こんな感じで私たちの価値概念は大抵洗脳されていたりします。
 8月15日、日本は国家単位で終戦記念日と定義していますが、8月15日に戦争が終わったわけではないということはたびたびこのブログで紹介してきたはず。私が書いた記事はこちらを

混沌の暴力   ~満州国終焉期に見る矛盾~

 この記事の年表とその下の方に書いてある脚注みたいなところを読んでみてください。8月15日以降も戦闘は行われています。日本兵もばりばり参加してます。ファクターはいろいろ。この時期は専門なんで質問は受け付けますよ~。
 8月15日は終戦記念日ではありません。日本国内でも外でも。しかしほとんどの人が8月15日は終戦記念日だと信じ込んでいる。なぜか?国家が定義しているからです。これが洗脳している。だからこの日に黙祷をしようとしているわけで、それがなければほかの日に黙祷をしようと思うでしょう。
 こんな感じでいろいろな場面で価値概念が生まれ、意思決定が行われる。そしてその価値概念がブログなどのCGM(Consumer-Generated Media)によって形成される可能性があるのです。
 しかしこれらのCGM、かなり適当なこと書いてますよね。このブログも含めて客観的な根拠や論説などはされていないものがほとんどです。(そんなブログいまだに見つけたことがありません)それは意思としてはかなり脆弱なものなのではないでしょうか。
 意思は自分で形成するものだと思っている方も多いと思います。しかし、その意思の大半が理不尽な外的要因によって形成されたものだということを常に心の片隅に持っておいてください。常に真っ白な心を!!
 

テーマ : 雑記
ジャンル : 政治・経済

2006-02-16 : コラム : コメント : 5 : トラックバック : 0
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60年前の終戦が東南アジアになにをもたらしたか

 日本の敗戦は東南アジア諸国にとっても大きな衝撃ではありましたが、「決して直ちに明るい未来の雰囲気によってひきつがれたのではなかった」 という事実も考えなければいけません。日本の終戦と東南アジアの終戦とは意味合いが根本的に違います。日本の敗戦後は東南アジアはアメリカ、イギリス、フランス、オランダなどの連合国進駐軍の駐屯地となり、さらにはそれらの連合国側は旧来の政治的、経済的支配下に置こうとしました。19世紀から頻繁に行われた植民地時代のものですね。
 フィリピンの場合、大規模な日本軍との戦闘は1945年8月14日以前にほとんど終結していました。9月2日の無条件降伏まで各地で日本軍は抵抗を続けていましたが、「8月25日、マッカーサーはフィリピンにおける戦争の終結と戦前コモンウェルスの原状回復」 を発表。その後、日本との関係が終焉し、終戦、さらには復興が行われるかのように思われました。
 しかし、国内においてオスメニア大統領が戦時中の日本協力者の弾圧を行い始め、元協力者たちは次第に一つの派閥を形成しだし、オスメニア大統領の追放を画策し始めます。内政不安です。さらには農民と地主との対立も目立ちだし始めました。それに加えアメリカなどの外国の介入などもうけています。結局フィリピンが一応の独立を見るのは1946年になってからである。しかしこれもあくまで一応のもの。内政不安や旧来の列強諸国の発言権などは完全に消え去ったわけではありませんでした。
 ベトナムでも日本の敗戦はそこまで重視されたものではありませんでした。特に1945年は深刻な米不足でした。直接的には44年の天候不順によるものでしたが、ほかにもフランスの米の強制買い付け、軍事用品の生産が奨励されていたぶん、食糧生産が減少したということ、アメリカ軍の空爆により米が余っている南部からの米の輸送が困難になったことが原因としてあげられます。この飢饉の餓死者は200万ともいわれていて、ベトナムにとっては今世紀最悪の出来事の一つでもありました。
 この時期には特に日本との大規模な戦闘があったというわけではありませんが、すでに冷戦体制が構築されていく過程でベトナムは様々な選択を余儀なくされています。8月13日から15日にかけてベトナム北部のチャンタオで共産党の全国会議が急遽開かれ、16、17日には国民大会が開催さました。これは「ベトナム民主共和国臨時政府の機能を果たすベトナム民族解放委員会を選出するための会議」 で、ホー・チ・ミンを主席とする民族解放委員会が選出されました。
 そして9月2日、新しい首都となったハノイからホー・チ・ミンがベトナムの独立宣言を行ったのです。しかし、この独立を戦前の宗主国フランスが許すわけはありませんでした。さらに北ベトナム地域とラオスは中国共産党が進駐しており、イギリス軍も介入してきていました。情勢は至極緊張した状態にあったということが推移できます。ベトナム軍のゲリラ戦もむなしく、45年末には次第に連合国軍に圧倒され中部山岳地帯へと追い込まれていきました。これらの流れが1960年代のベトナム戦争へとつながっていきます。
 このように、東南アジア諸国において1945年の日本の降伏はさらなる悲劇を巻き起こしました。これらの国々が独立を果たすにはもう数年の歳月を要しています。

テーマ : 歴史
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2006-02-14 : 歴史研究 ~北東アジアの追及~ : コメント : 0 : トラックバック : 0
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日朝貿易縮小がなにを生み出すのか

 まずはこれを。
日朝貿易総額、05年は77年以来最低に・韓国通信社
日経新聞 2006/2/12


 北朝鮮に対して経済制裁をするだとかどうとかは却下です。国益になりません。どんな中、この貿易額縮小は大きな問題ではないかと。メディアの洗脳、恐ろしい・・・。六カ国協議が進展を見せない中、日本の国民感情も大きく揺らいでいると推移できる記事なのではないでしょうか。
 北朝鮮に関してはちょっと語っておきたいのですが時間がないのでまた後日。北朝鮮がアジアにどのような影響を与えているのか、考えてみると面白いと思います。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

2006-02-12 : 現在経済状況 : コメント : 4 : トラックバック : 0
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地球村の中のわをんの"を"

 ニ、三日前の読売新聞の中にわをんの"を"を他者に伝えるとき、なんと言って伝えるかというコラムがありました。私の場合「下の"を"だろ!!」とその記事を読んだ瞬間思ったのですがどうやらこれ、地域別に様々なパターンがあり一種の方言になっているのだとか。実際福岡出身の私の隣人はわをんの"を"と言って伝えるのだとか。他にも「重い"を"」とか「小さい"を"」とかいろいろあるらしいです。
 現在、世界村の再評価が行われているそうです。世界村とは・・・検索したけど出てこなかった・・・そんなに古い概念なんでしょうか?それともマニアックな知識なんでしょうか?ちょっと勉強不足だ・・・まぁそれは置いといて、世界全体を一つの意思体系と見る概念です。私のような地域(一応北東アジア勉強してます)の可能性を探求している人間にとっては相反する概念なんですが、ある意味では地球村の形成されている部分もあります。特に80年代以降に見られる衛星通信、コンピュータ・ネットワークなどの情報技術の発達には目を見張るものがあります。今読んでいるこの文章もインターネット上のどこかの空間にあり、たまに誰かが読んでいます。(たまにベルギーとか台湾の方が見てたりします。・・・なんで?)これらの情報技術が時空間の圧縮を生み出しました。使い古しの表現で申し訳ないんですが世界の裏側の状態をリアルタイムで閲覧できますよね。一種の意思がそこを自由に動き回れるのである意味では地球村が形成されているのかもしれません。
 しかし、地球村=皆同じ、という概念はおかしいですね。皆が平等な権利をもった独立した個人というのも嘘です。(法的にはあっても社会的にはまったくありません)言語、習慣、伝統、人種、みんな違います。日本の中でもこれだけ習慣が違います。わをんの"を"にしても食だとかいろいろ。そもそも、民族ですら単一ではありません。そんな時、あなたは何を地域と定義できますか?何を国家と定義できるでしょう?

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進展を見せぬ日朝政府間対話

日朝政府間対話が閉幕、交渉継続を確認
日経新聞 2006/2/8

 
 ・・・六カ国協議同様、日朝関係はほとんど進展を見せていません。まず確認をします。日朝関係で問題の争点となる部分は国交正常化と核・ミサイル問題です。拉致問題はその次です。
 安全保障上の核・ミサイルは非常に問題。日本の危機としてとらえることもできます。(それが本当に使われるか否かについては可能性はほぼないと思いますが・・・危機管理の枠組みには入るかと)
 国交正常化、必要です。経済の部分で考えても北東アジア越境性を考えた上でも北朝鮮は今後大きな可能性を秘めています。確実に国益につながるでしょう。漁業とかその他いろいろ。
 さて、拉致問題。少し前にイラクに人道支援で向かわれた方がいました。そこで拉致されて日本が交渉の上無事に帰国を果たされた方が何人かおられましたね。そのとき日本国内で世論がボロクソに批判していたのを覚えていないでしょうか?金の使いすぎだ!!みたいな。拉致問題は機能としてはそれと同じものです。
 身体の安全保障を考えたとき、拉致被害者は身体の危機に面しているので国家が安全を保証するのは当然でしょう。(と、いっても身体の安全保障は国家という枠組みでは保障されにくいのですが・・・)しかし、国益には反しています。
 今日更新するのが面倒になりました。(ってか忙しすぎます。)この続きはまた今度でも。

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2006-02-08 : 外交・安全保障 : コメント : 4 : トラックバック : 0
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うれしいニュース

 うれしいニュースを発見しました。
景気、「いざなぎ」超え強まる・12月の一致指数100%に
2006/2/7  日経新聞


 生産、消費が軒並み好調で日本の経済が回復を見せているようです。livedoorショックでけん引役であった株価の下落が景気を縮小させるのではと危惧していたのですが、すでに生産、消費は株価から乖離しているのではと思わせてくれます。失われた十年からの完全な脱却ももうまもなくなのかもしれません。あとは政策も現代の経済と連動させた景気回復を目指したものへ転換してくれることを祈る限りです。

テーマ : 経済
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1945年8月から12月にかけて、日本人の態度・戦意を調べたアンケートデータ

第101表  降伏直後の反応
後悔・悲嘆・残念     30%
驚き・衝撃・困惑     23%
戦争が終わり、苦しみも終わりだという安堵感または幸福感      22%
占領下の扱いに対する危惧・心配       13%
幻滅・苦しさ・空虚感、勝利のために全てを犠牲にしたが、すべて無駄だった   13%
恥ずかしさとそれに続く安心感、後悔しながらも受容、予想されたが国史上における汚点と感じる       10%
予期していた、こうなることはわかっていたと観念     4%
天皇陛下のことが心配、天皇陛下に恥ずかしい、天皇陛下に申し訳ない      4%
回答なし、またはその他の反応     6%
                                     125%
二つ以上の反応を示した人もいたため、百分率は100%以上となっている

第102表  1945年11月-12月の満足度
戦争中より良くなっている。しかし状況は悪い      54%
戦争中より良く、状態もかなり満足できる        18%
戦争中より悪い。状況も悪い              17%
戦争中と変わらぬ。状況も悪い             10%
わからない                     1%
                                     100%
第107表  日本のあるべき変化について
日本を平和国家に変える、軍事主義思想による支配を廃止する          22%
日本をもっと民主的にする         20%
日本をアメリカのようにする        5%
女性の自由を増やす            2%
国民に真実を知らせる-政府の宣伝はもういやだ     1%
地主・独占資本家の力を弱める、階級差を一掃する    7%
日本は戦前と同じようになるべきだ           5%
その他                        22%
答えなし「そうしたことは、私にはむずかしすぎる-わからない」        22%
                                     106%
ある人々は二つ以上の提案をおこなったため統計は100%を越える  

 まぁごくごく一部なんです。これは発表は1946年なんですけど1945年8月から12月までの日本国民の態度、戦意などをまとめたアンケート結果です。参考にしていただければありがたいかと。
 ちなみに第101表を見てみると、日本国民にとって終戦が驚き、不安、そして幸福感をもたらしていることがわかります。さらに第102表は11月、12月の満足度で日本国民は徐々に満足していっていることがわかります。第107表を見てもアメリカの対日政策に関して大部分の人間がそれを受け入れていたのではないかということが推測できます。まぁこんな感じです。

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2006-02-07 : 歴史研究 ~北東アジアの追及~ : コメント : 0 : トラックバック : 0
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9月2日以降の日本の政治と国民意識

 1945年9月2日の降伏文章調印以降の日本はアメリカを抜きにしては語れません。9月6日の時点で政府は『連合国最高司令官の権限に関するマックアーサー元帥への通達』をマッカーサーに通達。この中で「天皇及び日本政府の国家統治の権限は,連合国最高司令官のとしての貴官に従属する」と完全にアメリカへの従属を表明しています。9月11日は東条英機ら39名の戦争犯罪者の逮捕されます。このときには「東條大将ハ満州に逃避シタ、妻君ト共ニ自決シタ、右翼ノ連中ヨリ殺サレタ」など、様々な噂が流れたそうです。
 9月22日にGHQは『降伏後に於ける米国の初期の対日方針』を発表。今後に日本の政策の方針が具体的に明記されます。主な内容は

第一は、日本の非軍事主義化を貫徹する
第二は、日本の民主化を遂行する

 この二つにしぼれるでしょう。
 9月27日天皇がマッカーサーを訪問し、会談を行っています。そのときの写真はこちらを。

画像:Macarthur hirohito.jpg
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 この写真、いったんは出版を差し押さえられたのですが9月30日には解除されています。
 この時期の国民感情として10月3日に出された『マツクアーサー司令部に対する輿論に関する件』で当時の鳥取県警察部長小倉政博はマッカーサーのことを「当初ノ予想ヨリ消極的デアリ、微妙ナ対蘇関係カラト観ラレル」と評価しています。この時期、至極不安定な時期だったにも関わらず一部の国民は冷戦構造を読み取ることができたようです。
 このように戦後日本でアメリカの民主化政策はさらに加速していくのですが日本国民はそこまで強い反発を持つことなくアメリカの政策を受け入れていたようです。戦時中の洗脳はこの時点でほとんど影響力を見せていません。潜在的な国民意識の中では「一億玉砕」などの総力戦より明日を見ることだったのではないでしょうか。

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2006-02-06 : 歴史研究 ~北東アジアの追及~ : コメント : 2 : トラックバック : 0
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終戦直後の日本国民意識

 1945年8月14日、日本ポツダム宣言を承諾、8月15日正午、天皇のラジオ放送。この衝撃は大きかったようです。それまで一億玉砕、天皇陛下万歳と教え込まれ続けていた現実の崩壊と新たなる現実の台頭。開国以来の敗戦は恐ろしい衝撃でした。まさに「一般国民にとっては文字通り晴天の霹靂であった」という形容も的確かと。
 しかし一方で終戦を喜んでいるもの少なくありませんでした。長期化する戦争への不安、さらに重圧。特に女性はそれまで化粧などが許されなかったため口紅などをつけ、開放感を味わったそうです。
 ポツダム宣言の受諾をむしろ公言と歓迎した人物もいました。『東洋経済新報』の主幹石橋湛山です。戦時中から軍事体制を大きく批判し、「民主化」を訴え続けた石橋にとってはポツダム宣言による民主化のうねりはむしろ喜ばしいものだったのでしょう。
 軍部の中でも大きな衝撃が走ります。阿南陸相は15日未明に自刃。そのほか天皇の聖断を仰ごうとする者、天皇のラジオ放送は偽者だというビラを配り続ける者、阿南陸相のように自決する者、様々な者がうめきまわりました。
 そんな中、8月15日鈴木内閣総辞職、変わって東久邇宮稔彦親王内閣が成立します。この内閣、終戦処理と間接統治下におかれる日本の政治をどのように確立するかというものだけに争点を絞られ成立しました。事実上は副首相格の無任意大臣に収まった近衛文麿が大きな発言権を持っていたようです。
 まぁそんなこんなで8月30日連合軍最高司令官(SCAP)ダグラス=マッカーサーが厚木飛行場に着陸。そして9月2日、ミズーリ艦上にて降伏文章調印が行われます。この日から、日本天皇と政府の権力はSCAP(マッカーサー)に従属することになります。さらには台湾、朝鮮、樺太南半部、南洋諸島の全植民地が一挙に剥奪。千島、小笠原、奄美、沖縄など、日本固有の領土もこれによって剥奪されました。
 この降伏文章調印に対する国民意識はそこまで緊張していないように感じます。例えば高岡鉄工所社長の西原幸長は「日本ノ死活問題ハドノ程度ニ工業ヲミトメテクレルカ」と今後の経済のことを考えていました。須崎町の店員、西内広太郎も「首相ノ宮ノ言ワレル通リ官僚政策ヲ打破シ根本的改革ヲ望ムモノデアル」と言いアメリカのこと、降伏文章に関してはほとんど言及していません。他にも様々な資料が残っています。
 このように考えていくと、8月14日のポツダム宣言以前から国民は日本の敗戦を意識していたように見受けられます。国民意識は敗戦を経験したにも関わらず、ほとんど動揺することがありませんでした。むしろ軍部の方が動揺していました。

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2006-02-05 : 歴史研究 ~北東アジアの追及~ : コメント : 2 : トラックバック : 0
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議員の年金について

 まずはこちらを。
議員年金廃止法が成立

 すさまじいですな。議員退職後は年間約412万~741万の年金をもらうのだとか・・・すさまじい。
 議員のお仕事、確かに至極多忙かつ精神的にもプレッシャーがきついお仕事なのでしょう。しかし、昨今では汚職もよく目立っております。そんななかでのこの年金給与はありえないのではないだろうかと思う今日この頃。
 議員に限らず、行政府(内閣、議会など)はそのコミュニティの中で体制ができすぎています。しかも至極狭く自己完結的なものです。年金に関してもその一つ。議員の効用を拡大することができるものしかないように感じます。(お金でも、権利でも)このあたりはまだまだ修正が必要です。
 小泉首相は当初「聖域なき改革」を訴えておられましたが、「聖域」は確実に残っています。今後の私たちはどこが「聖域」でそれをどのようにしていくのか、考える必要があるでしょう。

テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

2006-02-04 : 小話 : コメント : 4 : トラックバック : 0
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魂の叫び

 最近・・・寝れません(涙)なぜでしょう?この心労はどこから来るのでしょう。あまりに書く事がないのでこんなわけわからんことを書いとります。
 と、いうのも青い鳥がいけません。チルチルとミチルも幸せにはなれません。だからカンパネルラも死んじゃったんだ!しかもジョバンニは泣かなかった!!あいつ、やるぜぇ・・・。結局ドラえもんは最後死ぬんですかね?最終回説たくさんあるんでよくわからんのですが・・・死んだらのびたは号泣するでしょうか。あれだけ金使わせて時間も使わせて世話してもらっておいて泣かないとか・・・そりゃ兄さん残酷だよ。せめて恩に報いろよ。最終的に言いたいことは


「同情するなら金をくれ」

ってとこでしょうか。のびたはドラえもんが死んだら多額の賠償金を払わなければならないということがここで証明されたと言うことですね。(誰に?)

テーマ : 時事
ジャンル : 政治・経済

2006-02-03 : 日記 : コメント : 6 : トラックバック : 0
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大本営の滅亡について(未完成)

 この記事はまだ未完成です。そのうち完成されます。
 1945年9月2日、戦艦ミズーリ号上にて全権委任大使の重光葵、梅津 美治郎が降伏文章に調印しています。(ちなみに全権委任大使は重光葵です。しかし、彼は靖国神社に合祀されていません。東京裁判でも禁固7年。それに引き換え梅津 美治郎は終身刑でした)
 その後いろいろと政策が行われているんですけど、疑問に思ったことが1つ。大本営の滅亡の日です。Wikipediaには9月13日となっています。・・・なぜ?この根拠はどこにあるんでしょうか?参考文献が載ってない・・・ちなみに最高戦争指導総会議と言う会議がありまして廃止は1945年の8月22日に決定しています。詳しくはこちらを

アジア歴史資料センター
表題:最高戦争指導会議廃止ニ関スル件
作成者:内閣
作成日時:1945年8月22日
レファレンスコード:A03010249700

 ちなみにこの8月22日という日、同じ日に終戦処理会議という会議が設置されています。これに関しては最高戦争指導会議と同じようですが構成員は内閣総理大臣、外務大臣、陸軍大臣、海軍大臣、近衛国務大臣、参謀総長、軍令部総長。大本営の構成員が天皇、陸軍大臣、海軍大臣、近衛国務大臣、軍令部総長、参謀総長で総理大臣などの文官は入りません。
 大本営と最高戦争指導会議、リンクしてますね。そこでなにがあったのか、調べてみる価値がありそうです。ちなみに大本営の滅亡、結局不明です。

テーマ : 雑記
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2006-02-01 : 歴史研究 ~北東アジアの追及~ : コメント : 0 : トラックバック : 0
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初めまして、こんつは。
Hiroshiと申します。
どうぞよろしくお願い致します。
私生活を脈絡なく綴る
日記ブログです。

○登山・・・鳥取県大山中心に
・まだまだ初心者です。
・米子クライマーズクラブに所属。


○バイク・・・たまにツーリング
・愛車:CBR250R 2013年式
・バイク歴は7年くらい

○カメラ始めました:
・愛機:Pentax K-70

○キャンプ・・・
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ツーリング&キャンプの合わせ技が多い

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