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終戦直後の日本国民意識

 1945年8月14日、日本ポツダム宣言を承諾、8月15日正午、天皇のラジオ放送。この衝撃は大きかったようです。それまで一億玉砕、天皇陛下万歳と教え込まれ続けていた現実の崩壊と新たなる現実の台頭。開国以来の敗戦は恐ろしい衝撃でした。まさに「一般国民にとっては文字通り晴天の霹靂であった」という形容も的確かと。
 しかし一方で終戦を喜んでいるもの少なくありませんでした。長期化する戦争への不安、さらに重圧。特に女性はそれまで化粧などが許されなかったため口紅などをつけ、開放感を味わったそうです。
 ポツダム宣言の受諾をむしろ公言と歓迎した人物もいました。『東洋経済新報』の主幹石橋湛山です。戦時中から軍事体制を大きく批判し、「民主化」を訴え続けた石橋にとってはポツダム宣言による民主化のうねりはむしろ喜ばしいものだったのでしょう。
 軍部の中でも大きな衝撃が走ります。阿南陸相は15日未明に自刃。そのほか天皇の聖断を仰ごうとする者、天皇のラジオ放送は偽者だというビラを配り続ける者、阿南陸相のように自決する者、様々な者がうめきまわりました。
 そんな中、8月15日鈴木内閣総辞職、変わって東久邇宮稔彦親王内閣が成立します。この内閣、終戦処理と間接統治下におかれる日本の政治をどのように確立するかというものだけに争点を絞られ成立しました。事実上は副首相格の無任意大臣に収まった近衛文麿が大きな発言権を持っていたようです。
 まぁそんなこんなで8月30日連合軍最高司令官(SCAP)ダグラス=マッカーサーが厚木飛行場に着陸。そして9月2日、ミズーリ艦上にて降伏文章調印が行われます。この日から、日本天皇と政府の権力はSCAP(マッカーサー)に従属することになります。さらには台湾、朝鮮、樺太南半部、南洋諸島の全植民地が一挙に剥奪。千島、小笠原、奄美、沖縄など、日本固有の領土もこれによって剥奪されました。
 この降伏文章調印に対する国民意識はそこまで緊張していないように感じます。例えば高岡鉄工所社長の西原幸長は「日本ノ死活問題ハドノ程度ニ工業ヲミトメテクレルカ」と今後の経済のことを考えていました。須崎町の店員、西内広太郎も「首相ノ宮ノ言ワレル通リ官僚政策ヲ打破シ根本的改革ヲ望ムモノデアル」と言いアメリカのこと、降伏文章に関してはほとんど言及していません。他にも様々な資料が残っています。
 このように考えていくと、8月14日のポツダム宣言以前から国民は日本の敗戦を意識していたように見受けられます。国民意識は敗戦を経験したにも関わらず、ほとんど動揺することがありませんでした。むしろ軍部の方が動揺していました。
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テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

2006-02-05 : 歴史研究 ~北東アジアの追及~ : コメント : 2 : トラックバック : 0
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どーでも良いけど間違い発見!東久邇宮稔彦親王じゃなく稔彦王だよ!!親王と王を間違えてるよ。
2006-02-06 13:08 : 彩人 URL : 編集
 第一文章の著名には稔彦王と著名してありますがおそらく彼も親王に属されるものかと・・・その辺は家計図まで確認してないのでわかりませんが私が読んだ本はほとんどが親王と表記されてました。今度調べておきますね~
2006-02-06 16:32 : Hiroshi URL : 編集
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