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学力の低下をどう見るか

 もう少し教育問題を考えてみようと思いました。
 90年代広範から学力低下が騒がれ、ゆとり教育批判も大きくなっていきました。しかし、これらの学力低下に伴う批判は問題点を的確についたものでしょうか。例えば

1、学力の定義とは何か
2、教育内容の増加や強化が果たして学力向上につながるのか
3、学習時間を増やすことで学力が向上するか
4、競争が学力向上につながるか

などです。(参照:日本の論点2006 P648~651)
 確かに全て不明瞭なものとなっているのではないでしょうか。1の学力にしてもここでの定義は"丸暗記"となっているように感じられます。丸暗記という学力は意味がありません。つねに柔軟に既存の認識を破壊していきましょう。詳しくはこちらに。確かに学力の定義をつけなければそもそも低下も上昇もありませんね。この定義が丸暗記という方向へ進んでいかないことを願います。
 同じことが2、3にもいえます。その効果がどのように作用しているかはこれだけではわからない部分が多いです。
 さて、4。競争力が学力向上を生み出すか否か。これは日本の高度経済成長期のなごりなのではないでしょうか。企業間には競争力があるからこそ利潤の最大化、最大効率化を求め行動し、それを達成する。これらが技術革新を生みさらに経済成長する。すると全体でみた場合、経済は成長する。というのが経済からのアプローチ。競争力がさらなる経済効果を生み出すという考え方です。それが教育の現場にも適応されて、ゆとり教育前までの詰め込み教育では、学校は常に競争の場でした。テストの点数は全体に公開され順位が付けられています。一種の優等生という定義付けが学校というフィールド内で展開されていたのです。もちろん現代ほどの社会制度が整っていなかったためそれらのことができていたわけですが、この定義付けは果たして意味があるでしょうか。そもそもたくさんの知識を持っていることが優等生の定義なんでしょうか。様々な疑問があります。
 大学においては単純に知識が多いということだけでは"知識人"として扱われません。知識と考察力が試されます。では上記した定義付けされている優等生は優等生にはなりえますが"知識人"にはなりえるでしょうか。優等生のレベルが下がっている、これを学力低下と見るのは難しいと思いませんか。
 ・・・話に脈絡がないな・・・とにかく私の定義をここで言及しておくと「競争することで総体的な学力が向上するとは限らない」ということです。むしろ心理的に競争を嫌う学生もいるでしょうし同じフィールド内に全ての学生が所属しているわけがありません。競争が学力向上を生み出すとは私には理解できません。
 では、学力向上とはなんでしょうか。ちょっと今日は疲れたんでこの辺で。最後に、学力向上や低下は私たち自身の問題でもあることをお忘れなく!
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テーマ : 雑記
ジャンル : 政治・経済

2006-04-16 : コラム : コメント : 2 : トラックバック : 0
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こんなこと書くヒマがあるのなら、中国旅行の感想文を書く時間もあるだろうと思いました。先生はお怒りだ(笑)
2006-04-17 12:18 : 狩人S URL : 編集
 ・・・完全に忘れてました・・・ごめんなさいm(__)m今から書きますm(__)m
2006-04-17 13:24 : Hiroshi URL : 編集
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