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変容する地域  ~琉球の消滅と沖縄の出現~

1、地域とは何か 
 地域とはなんでしょうか?どのようなフィールドのことを指しているのでしょうか?

 この問題に答えるには様々な事象の観察、考察を必要とします。とりあえず、定義として広辞苑、ブリタニカ国際大百科事典のものを揚げてみたいと思います。

「区切られた土地。土地の区域。」広辞苑より
「他から区別される特性をもった地表の部分。共通の一体性を持つ場合を特質地域、中心で相互に結びついて一体性を持つ場合を機能地域、または統一(結節)地域という。」ブリタニカ国際大百科事典より

 現代考えられる地域は広辞苑にもあるような「区切られた地域、土地の区域」、もしくはブリタニカにある「共通の一体性を持つ場合の特質地域」であるように感じられます。逆にブリタニカにある「中心で相互に結びついて一体性を持つ場合の機能地域、または統一(結節)地域」とはどのような形の地域なのでしょうか。具体的な例として近代日本の提唱した「大東亜共栄圏」などがあげられるのではないでしょう。日本を中心にして結びついている満洲や朝鮮半島、台湾、南方諸島(現在のミクロネシア諸島)、東南アジア諸国、などです。この地域は日本を中心として政治的、軍事的、経済的に一体性を持っていたと考察することができます。
 これらのことを念頭に置いて、琉球の消滅と沖縄の出現という歴史的な流動性の中で「地域とは何か」という問題を考えてみようと思います。

2、琉球の消滅と沖縄の出現
 19世紀末まで琉球、現在の沖縄は当時の中国王朝であった清朝と日本との間に相互に経済的、政治的、軍事的に従属的な関係であった冊封体制のもとにありました。それが日本の近代化の促進を元に変質していきます。
 まず、1871年の廃藩置県のおりに琉球は鹿児島県の直轄地となります。そしてこのことは当時冊封体制の宗主国であった清朝には伝えられませんでした。琉球は鹿児島県の直轄地となりますが清朝への朝貢は続けたため清朝へは琉球の鹿児島直轄の事件は伝わっていなかったのではと考察できます。
 次に、1875年に日本は清朝への進貢禁止など、清朝との関係に消極的になり、翌年1876年には清朝との国交断絶を琉球藩王に通達します。そのことに関しては琉球側、清朝側から抗議がきます。しかし、日本側は1879年に琉球藩を廃止、沖縄県を設置しています。これにより琉球王朝は完全に消滅し、沖縄は日本という地域に属することとなります。
 琉球の日本帰属に関して、宗主国であった清朝は猛烈に抗議します。それにより1880年、日本と清朝は宮古、八重山両諸島を分割贈与することで一応の解決を見ます。しかし1883年には清朝は琉球藩王の復位を日本に打診するなど、日清の認識の相違は続きます。これ以降、日本は琉球問題を解決済みというスタンスで清朝と交渉を進め、清朝は未解決というスタンスで日本と交渉を続けることになります。
 しかし、1895年の日清戦争の講和条約、下関条約で台湾が日本に割譲されると、琉球の帰属問題は自然消滅します。
 ここで注目すべき点は単に「琉球が日本に帰属された」という事実関係ではなく、その流動性の中で「琉球という一つの独立した国家であり、冊封体制という地域に属していたフィールドの一部が、日本という近代化をはかっていた国家、そののち大東亜共栄圏という一つの地域の形成を目標に行動していたフィールド一部に変質した」という部分です。

3、変質する地域
 ここから、琉球の「属性としての地域」が冊封体制の一部から日本という地域へ変質していったということがわかるのではないでしょうか。ここで始めにあげた広辞苑の定義、ブリタニカ国際百科事典の定義を再び見てみてください。この定義の中には一つ、完全に欠落しており、なおかつ最重要な項目があるということがわかります。つまり、地域とは固定的なものではなく、「歴史的に変質する」ということがいえるのです。歴史的には地域が区切られ、変質し、時代の流れと共に完全に一体化することもありうるのです。
 このような変質する地域は当時の社会にはいたるところで見受けられました。例えば、先ほど少しあげた台湾などは、清朝の一地域から日本に帰属され、現在では排他性を備えた主権を有する一地域にまで変質しています。他にも、現在の朝鮮半島にもそういった歴史的過程を読み取ることができますし、沖縄問題に関しても現在にまで影響力を有している事象であるといえます(主権国家→日本の一部→アメリカの主権下→日本の一部、米軍基地の密集地)。このように、地域の変質はいつ、どこでも起こりうる問題なのです。最近、北朝鮮の核実験問題が大きく取り上げられています。北朝鮮の今後の動向によっては、この北東アジアと現在定義されている地域も変質する可能性があります。ちなみに、歴史的に地域が変質する場合、様々な禍根を残すことが常でした(前述しましたね)。このように地域が変質することをどのようにとらえるのか、それは一種のリスクも想起されるものなのではないでしょうか。
 はたまた、近年新たに作り出された「北東アジア」という地域も可能性に満ちたフィールドであるということがいえます。このように地域とは未知数であり、変質する地域をどう見るのかが、今後重要となってくるのではないでしょうか。
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テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

2006-10-25 : 歴史研究 ~北東アジアの追及~ : コメント : 0 : トラックバック : 0
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