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池袋西口公園に行ってみた&記憶の連鎖

 石田衣良原作、『池袋ウェストゲートパーク』で有名な池袋西口公園に行ってみた。午前の説明会が一時間近く延長し午後の説明会に行けなくなり(午後の説明会は13:00からだった。このときすでに13:10・・・一応欠席する旨の電話は説明会開始直前にかけた。しかし、この企業とは一生関わることないんだろう・・・。計画性のない自分を呪った・・・)、少しへこんだ。それを癒すためにも公園で少し休んでから帰ろうか・・・と思い至っての決断だった。そばにはバス停があり、高層ビルが立ち並ぶJR池袋駅のまん前に公園なんて本当にあるのだろうかと半信半疑になりつつ、そばにあった地図を見る。こっちが駅、こっちがバス停、こっちが立教大学、ここは・・・公園!?広場じゃねぇか!!!!俺の思い描いた公園はどこに!?芝生とかジャングルジムとか砂場とかじゃねぇのか!!!!と、こんなところでもカルチャーショックを受けた。そこが、池袋西口公園だった。
 とはいうものの、その空間にはゆったりとした空気が流れていた。目の前には噴水があり、なんとなく気分が和らぐ。設置されているステージの上では高校生らしき男女6人がダンスの練習に精を出していていた。そういえば高校卒業してもう4年かと、22年の短い人生しか歩んでいない自分にはあまりにも大きな時間だったあの激動の日々を一瞬だけ思い出した。毎日山手線に乗って徐々に駅名なんかも覚えたりして、満員電車にも慣れてきていろいろな情報に惑わされて疲れて。その空間は初めて上京して右も左もわからない田舎者一人を、一瞬ながら和ませた。確かに自分にはどう見ても広場にしか見えない。しかし、田舎の寂れて何もない公園とはちょっと違う、一つの公園の形がそこにはあった。よし、来週の面接に向けて、企業研究だ!!来週のは絶対、次に進もう!!!!




-記憶の連鎖-

 記憶と聞くと、個人が持っている固有の情報であると思いがちになる。しかし、歴史学的な記憶はそうではなく、大きく分けて二つに分類される。個人の記憶と、集団の記憶である。
 前者は一般的に言う個人の記憶である。例えば数年前、自転車で転んで怪我をした。これは個人の記憶だ。そしてスティグマという形で転んだときの傷跡が残る。具体的な例はなんでもいい。昔は成績がよかった。この場合スティグマとは言わないかもしれないが、成績表もその証拠として残る。(あるいは現在成績がよくないのだったら、それはスティグマかもしれないが・・・)このように個人特有の経験などにより個人の記憶は形成される。
 では後者の集団の記憶はどうか。これは政治的な要因など、外的要因によってなんらかの集団の中に形成されるものである。学生時代、夏目漱石や芥川竜之介などの巨匠が書いた文学を誰しも教科書などで読んだだろう。その集団はその物語のあらすじ、登場人物、作者についてなどあらゆる情報を共有し、記憶している。このようにある集団で共有している記憶があるという事実を忘れがちになっていないだろうか。(あるいは、新発見だっただろうか?)
 集団の記憶にもスティグマはある。特に近現代史においてはよく見かける。(生産されることが多い)例えば日中戦争で日本人は多くの人々を殺した。だから日本は悪だ。逆にそんな昔の話なんか関係ない。という二つの論調がある。(大幅に噛み砕いたが・・・)日中戦争という歴史的な事実があり、それは揺るがしようもない。しかしそれは脳裏から離れることがなく、大半の場合、記憶化されていないだろうか。このような論調はが生まれている時点で、それは記憶化されている節がある。本来歴史には、そのような現代におけるなんらかの認識を付け加えないのが鉄則である。(もしそれを歴史だと言い張るのだったら、自分はその方を歴史家だとは思わないのかもしれない。歴史家は、ただ過去に語りかけその像を現在映し出すという使命のみを担っていて、それに現在におけるなんらかの認識を加えるようなことはしないものであると自分は信じている。それに現在におけるなんらかの認識を加えようとするものは、集団の記憶の生産者であろう。これについては後述する)
 集団の記憶が形成されるには同じ情報を共有しなければならない。ある集団に情報を共有させるためにはその記憶の生産者が必要になる。政府なり個人なり。
 個人の記憶と集団の記憶の最大の共通点はどちらも変質するということではないだろうか。変質の要因は時間、認識、衝撃的な出来事など、様々である。
 その最大の差異は個人の記憶は個人が生産者であるのに対し、集団の記憶は生産者が対外にあるということではないだろうか。
 なにはともあれ、個人が歴史を構築するとき(歴史だけに限ったことではないが)、常に自分の周りには集団の記憶も存在するということを留意すべきであろう。


最近、長い更新ばっかだなぁ・・・果たしてこれは生産的なんだろうか・・・
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テーマ : 歴史
ジャンル : 政治・経済

2007-03-03 : 歴史認識 : コメント : 4 : トラックバック : 0
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 物事、何でも生産的であればよいというものではないと思います。今はこれでよいでしょう。お互いに。

 個人と集団の記憶というHiroshi考え方には賛成ですね。集団は個人の集まりだけど、個人の総和が集団と同質にならないところが、政治的・社会的・文化的に重要な部分だと思います。戦時中、中国人、日本人共に良い人、悪い人、罪のある人とない人など、正確には多様であるが、日本と中国という集団から見れば、侵略した日本、侵略された中国という構図がある。そう考えると、中国・日本ともに戦時の歴史認識が正しく認識されてないと思う。結局は、誰も「総体としての第二次世界大戦の歴史」を知らないというのが私の正直な感想。
 歴史と現代的な認識の付与についても、確かにその通りだと思う。今の常識からすれば「異常」だが、当時の常識からすれば「正当」なことはいくらでもあると思います。「歴史」そのものを研究するということは、他分野の歴史的考察のための「素材」を提供することであって、素材に手を加える行為は好ましくないと思う。
2007-03-04 07:17 : D.M.Blue URL : 編集
>D.M.Blue

 そうねぇ~。まぁぼちぼちやるしかないねぇ。

 他の社会科学もそうであるように、歴史は「アイデンティティ」を構築するという部分で記憶と至極にています。そこで生まれるものが「歴史認識」。確かに歴史家には歴史を「認識する」という作業は必要ですが現在新聞、テレビ等言われている「歴史認識」というのは純粋な史学からは乖離しているね。「実際にはどうであったか、それだけを述べよ」(byランケ)。歴史家たるもの、常にこれは意識しておかなきゃいかんだろうね(とはいうものの、自分も純粋な歴史家じゃないけど…一歴史を考察しているものの一人としてね)
 「総体としての第二次世界大戦の歴史」ってのは確かに難しいねぇ。あの戦争はすでにすべてが判明したと思われがちになってるところが不思議。歴史の限界は(これは当時認識されていなかったことが、現代では認識できるという可能性も秘めているように感じるが)過去をそのままの形で現在に再生できるわけではないというところ。それを大前提として議論すべきだね。
2007-03-04 21:41 : Hiroshi@東京 URL : 編集
その公園...
むっくが昨年末にふられてきた場所の,待ち合わせ場所だと最初勘違いして立ち尽くしてた場所.
実際には西口が待ち合わせ場所だったというオチ.

集団の記憶か.
「集団の記憶」っていう概念を知らない人も,その概念を認識していない人も,そんな概念はないって否定する人も,
その概念の中でやっぱり生きているのかなぁ.

と,思ったりする.
2007-03-05 16:03 : むっく URL : 編集
…あぁ…それは、なんか、もう、申し訳ないの一言で(汗)まぁ東京って広いからね!!


 集団の記憶ってのは色々な範囲があってまだ明確な定義はないんだけど(この辺の定義に関してはシンポジウムの浅野さんの発表をぜひ聞いていただきたかった…飛び級第一号なのに聴衆が少なかったことはちょっと残念…あんま総括にはなってなかったけど発表自体はすばらしかった…よければ、原稿差し上げます)例えば、家族単位の小さなコミュニティの記憶、国家単位の大きな記憶など、いっぱいある。その境界線、どこからが個人の記憶でどこからが集団の記憶かって定義も聞いたことがない。たぶん、すごく難しいし、この考察は純粋な歴史学からは乖離してくる可能性のほうが大きいね。まぁこれは歴史ってのは記憶って言うアイデンティティの形成に近いものがあるってのが今の歴史学の限界なのかもしれない。それ以上進展することは前にも記したけど歴史学からは乖離してるんじゃないかなぁと…
次に、科学者たるもの常に意識しておかなければいけない名言がある。

「社会科学とは主体と客体とが同じ範疇に属している科学」
E.H.カー『歴史とは何か』 岩波書店 発行年、ページ数は忘れた

これがカーの社会科学の定義であると同時に社会科学の限界だと自分は認識している。詳しくは読んでほしいんだけど歴史家(科学者)がなにかを観察する際、何らかの形で観察者(科学者)自身もそのなにかに組み込まれている。例えば、1932年3月1日満州国建国宣言発布という歴史的事実がある。これは過去の事実ではあるけどそのフィールド(建国宣言が行われたのは現在の中国長春)は中国東北部にあって消えることはない。そういう意味でこの世界にあるなにかを観察し、分析し、批判するという社会科学の性質上、観察者(主体)となにか(客体)が同じ範疇に属しているという現状の打破はかなり難しいね。つまり、社会科学で客観性を追及するのは至極困難という結論になる。(それゆえに科学者はそれを求める)
 こんな感じで回答になってるかな?ただ、前記したように集団の記憶と個人の記憶の境界線はすごく定義しづらい。それは集団の記憶が大抵は外的要因によって形成されるのに対し、個人の記憶は主体が自ら形成するから。それが集団の記憶か、個人の記憶か、判断するのも難しいね。
 
2007-03-05 19:47 : Hiroshi@東京 URL : 編集
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○バイク・・・たまにツーリング
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