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僕という個人、国という概念

平和状態は、"創設"されなければならない。
        -カント 『永久平和のために』 より抜粋-


 よく、国を怨む。僕を虐げ、裏切り、平然とした顔をしている国はどこまでも残酷である。彼女は底なしの強欲で、いつでも無理難題を僕につきつける。 
 不思議なのは、僕は国を怨めない。虐げられ、裏切られ、迫害され、例え僕が殺されることがあろうとも、それでも、僕は国を想う。




 国家は、個人にとっては残酷なものでしかありません。たとえ個人を虐げたとしても、国家は国益を追及します。
 それでも、個人は国家を想っています。あまりにも悲しい恋だということをおそらく大抵の人間が知りません。国を愛すがゆえに、ひとはたまに、人を裏切ります。
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テーマ : 雑記
ジャンル : 政治・経済

2005-11-22 : 小話 : コメント : 11 : トラックバック : 0
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Re:僕という個人、国と言う概念
  あくまで国家と言うものは、個々人の集合体であり、それゆえに、人は国を思うのではないか・・。国を思うことに、自分の大切な誰かを思うことを投射しているのではにでしょうか。大切な人を守る為に国を守ると言う間接的で不器用な思考をするのが、どうも人間って言うものみたいです。
2005-11-22 18:16 : taka URL : 編集
国家って
国家って,個々人の最低限の権利を保証するための“機関”だと,私は考えています.ですから,国家が個人や個人の集団を裏切ると,“倒錯してるだろ!”って私は怒ります.あまりにそういう事が続くので,私は国家を“想っている”と自覚する機会が,最近では全くありません.これって可笑しな事なのかな?
個人が国家の為に存在するのではなく,国家が個人の為に在るべきなのでは..これについてはぜひぜひもっと突っ込んで議論したいです.
2005-11-23 17:55 : むっく URL : 編集
takaさん、むっくさん、コメントありがとうございます。

takaさんへ
 個人はよく国を想いますね~。確かに間接的なものも含んでいます。でも本当に残酷なのはそんな個人が時として国家に裏切られるという事実です。例えばサラリーマンの税金をあげて官僚に関してはぜんぜん上げないとか。この辺の公共性の確保の問題は至極難しいですね。

むっくさんへ
 国家論、難しいですね。ちなみに私もあまり愛国心のようなものを持っていません。でもサッカーとか観てると日本頑張れ!!とか想ってしまいますし、日本の歌手のCDなんかも聴きますし、外国文学はあまり好きじゃないですし(読むけど)etc...そうするとどこまで国を想っていてどこまで怨んでいるのか、客観的に自分を分析することは困難です。
 ちなみに経済学に「パレート最適」という概念があります。この概念は至極残酷です。「その政策が全体の公益を上げることになるならば、結果といて一部のある個人の利益を迫害することになろうとも構わない」というような理論です。(ミクロの基本です)この理論に当てはめ、迫害された側としては(さっきあげたサラリーマンとか)裏切られた!!と感じるでしょう。
 個人がいるから国家がある。国家があるから個人がある。これだけでは語れないというのが私の考え方です。ただし、国家は時として個人を裏切る、とは確実にいえるのではないでしょうか。

 お二人とも、書き込みありがとうございました。
2005-11-24 09:50 : Hiroshi URL : 編集
http://spaces.msn.com/members/time-traveler0/
ども。GREEでharunaの友人です。
ブログでカントを持ち出すとは、博学ですね!!!
哲学科の私でもなかなか大変苦労している人です。

GREEの返事をまずこちらに。
>Hiroshi
はじめまして。
こっちにもいますよ。しかもそんな奴に限って最前列。
そいつはナゼカ他の学生に見せびらかしたいのか、昼ご飯まで変わってて
登山用ガスコンロもってきて暖めて食べてます(笑)
カタカタやっていますね。僕もこれはノートパソコンのYBBで打っていますが、充電がそんなに持つのかな~なんて思うんですよね。
確かにスペアバッテリーもってもただ重くなるだけかと・・・。
ノートパソコンだと編集や整理が楽だって聞いています。


そして、ブログについて。
カントのこの言葉は始めて知りました。
国家と市民を「恋愛」に仕立てるのが
お見事です。
市民はいつまでも国家に対し「片思い」なのか~。
僕は中国哲学専門なので、国家は市民に対し「仁」の心をもてないのか?
いや、国家と言えどもその単位は人間。
「徳」をもった政策をすれば市民を裏切ったり圧政で苦しめたりしない気がして成りません。
Hiroshiさんの言う「時として市民を裏切る」国家ならば逆もあり得ると僕は考えます。それが命を革む「革命」
すなわち淘汰される。
大学1年の未熟者の意見です。
カントの勉強まだまだしなければ。
2005-11-24 19:08 : 旅人 URL : 編集
 旅人さん、コメントありがとうございます☆
 哲学に関しては・・・実は私はことごとく詳しくないです(笑)難しいですね、哲学。カントに関しては様々な批判があります。例えば共和制を推奨していたりとかその他いろいろ。でも『永久平和のために』を読んでみるとなぜ共和制を推奨しているかというと『自由で、平等で、法に従属している』国家体制は"共和制"であるといっているんですね。現在の国家は立憲君主制(日本ですね)においてこの三つの条件を可能にしています。しかし、18世紀においてはそのような国家体制は共和制の中にしか存在しなかったのでしょう。
歴史を学ぶ前に、まず歴史家を学ぶべきです。
-E.H.カー 『歴史とは何か』より抜粋-
まぁこんな感じです。
 国家に関しては、確かに両方いえますよ。恋人というよりどちらかといえば母親に近いかなぁというのが私の感覚です。
 一年生さんなんですか。もしかして同じ大学・・・?また遊びに来てくださいね~
2005-11-25 15:19 : Hiroshi URL : 編集
いえいえ。
哲学って諸学問の根源なので、
政治でいえばロック、ルソーも哲学者。そのまた数学的要素もいっぱい。哲学は文学っぽく思ったら痛い目にあいますね。読めればいいってわけじゃないので(笑)
カントが政治に関与してたんですね。

共和制は「構造」はすばらしいですがブレインによって国が天国か地獄にに変わります。
それがかつての大日本帝国だし今の北朝鮮だし。
共和制に関して述べるなら、僕はTOPを司る指導者にしっかりしてもらいたいですね。システムに関し実は僕も賛成派です。
僕は1年浪人の1年生。
今は埼玉県の大学に通っています。
2005-11-26 11:21 : 旅人 URL : 編集
なるほど・・・
 確かに、文学と哲学は違いますね。(ちなみに私はどっちも好きなんですが)カントは戦争論、国家論を説いてます。コペルニクス転回だけじゃないです。
 共和制ですか・・・う~ん。ちなみに今の北朝鮮、大日本帝国はここでいわれている共和制とはちょっと違うと思います。それらは軍事的、政治的、経済的、洗脳的など、様々な力を持ち、それを持ちうるがゆえに存続している国です(でした)。特に、最後の洗脳的。これは情報操作も含んだかなり危険なものです(実は小泉首相もしてます。靖国参拝、郵政民営化、その他いろいろ。ニュースを見ればけっこうわかりますよ)。それらによって民衆を押さえつける。これは共和制といえるのでしょうか。カントは「自由と平等と法の下の従属」を述べたんですよ。
 埼玉の方なんですか。・・・遠いなぁ。また遊びに来てくださいね~
2005-11-26 14:01 : Hiroshi URL : 編集
さきほど広島のフォーラムから帰ってきました。
まだまだ勉強不十分な者が論じてすみません。
おっしゃるとおりですね。
今の小泉氏をナチスと重ねる人もいます。大日本帝国は「天皇」を利用しましたよね。
僕としての考えは自由と平等に基づいた法の基の平等であってほしいかな。
何か矛盾や指摘があればお願いします。
2005-11-28 10:28 : 旅人 URL : 編集
 いえ、私もかなりの勉強不足なので・・・
 自由と平等と法のものの従属、近代国家においては非常に重要な要素ですね。
 お互い矛盾点を指摘しあえるようになれたらいいと思います。また、いらしてくださいね。
2005-11-28 13:48 : Hiroshi URL : 編集
はじめまして
悲しい響きですね。
響きだけでなく、冷酷な現実です。まぁ、国家がヒトで無い一種の法人である以上、温情もあたたかい言葉も、期待できないのですが。

集合体としての国民と、個人とが別物だから、という説明をよく聞きます。「パレート最適」もこの説明に付随するのかと思います。個人の単位で行った場合、他人のものを収奪している無法な行為も、国家の後ろだてで合法化される、のが実態では?
現に、高級官僚や政治家とコネがあるヒトを、「デキる人間」と評価してますよね。倫理的には認めたくなくても、羨ましがってしまっている、……「国民の」本音だと思います。

そう思うと、
片思い、のようなナイーブな気持ちのうちが、ヒトと国家との幸せな関係でないでしょうか。

2005-12-02 00:09 : デルタ(@リバタリアン) URL : 編集
はじめまして!!
 すごい、面白いですね。確かに、両思いの片思い的なものがヒトと国家との幸せな関係なのかもしれません。決して重なることのないものなのでしょう。

> 個人の単位で行った場合、他人のものを収奪している無法な行為も、国家の後ろだてで合法化される

 ちなみにこれ、政治家や官僚にはあるまじき行為です。私は靖国神社参拝には反対なんです。"国家"を"個人"が乱用しています。
 そんな感じで国家論を見ていくといろいろなことが見えてきます。面白い論理です。
 コメントありがとうございます。よろしければ、また来て下さい。
2005-12-02 15:46 : Hiroshi URL : 編集
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初めまして、こんつは。
Hiroshiと申します。
どうぞよろしくお願い致します。
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○登山・・・鳥取県大山中心に
・まだまだ初心者です。
・米子クライマーズクラブに所属。


○バイク・・・たまにツーリング
・愛車:CBR250R 2013年式
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・愛機:Pentax K-70

○キャンプ・・・
・最近は登山&キャンプ、
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